展覧会遠征 能島編
さてこの週末だが、急遽無人島に出かけることにした。目的地は瀬戸内の小島である能島。村上水軍の拠点の一つとして知られ、往時の城跡が残っているのであるが、無人島であるために普段は渡ることが出来ない。しかし一年に一回、花見のシーズンだけ花見船が出るので渡ることが可能になるのであるが、その花見船が出るのがこの週末だということがつい先日に判明した次第。渡船が出るのは朝9時からとのこと。早朝出発というのもしんどいので、金曜の夜は福山で一泊することにした。
金曜の仕事を終えると山陽道を福山までひた走る。宿泊ホテルはルートイン系列のルートイングランティア福山SPA RESORT。福山にある日帰り天然温泉入浴施設付きのホテルである。
ホテルにチェックインするとすぐに夕食を摂ることにする。ホテルから食事に出るのも面倒なので夕食付きプランにした。夕食は入浴施設にある「花の舞」で。鯛飯などの海鮮系の定食。結構うまい。ついでに牡蛎フライとデザートを追加。
夕食を終えると入浴。ここは日帰り温泉施設が隣接しており、そこの大浴場が使用できる(飲食施設もこの施設内である)。施設自体は普通の温泉健康ランド。湯自体は普通の塩化物泉で特徴はないが、設備が整っているので楽しめる。仕事の疲れが体にかなり残っているので、とにかくゆったりとくつろぐ。風呂上がりにはお約束のフルーツ牛乳である。これぞ正しい日本人のあり方。
入浴を済ませると仕事の疲れとドライブの疲れが一気に押し寄せる。明日のこともあるので早めに寝ることにする。
☆☆☆☆☆
翌朝は6時頃に目覚めると6時半から朝食。朝食はお約束のバイキングだが、普通のルートインとは少しメニューの傾向が違うようである。
朝食を済ませると朝風呂に出かけてから8時頃にチェックアウトする。これからしまなみ海道を突っ走ることになる。天気があまり良くなく、時折パラパラと雨がぱらついたりするのが気になるところ。
しまなみ海道はつい前回の遠征で通ったところである。まさか私も立て続けにしまなみ海道を渡ることになるとは考えていなかった。
能島行きの渡船は大島の宮窪港から出るという。ダイヤは9時から随時の模様。しまなみ海道を大島北ICまで突っ走って宮窪港に到着したのは9時半頃。港の駐車場は既に満車なので、近くの農協裏の港のところに車を止めさせられる。どうやら私が予想しているよりも遙かに多くの観光客が訪れている模様。渡船は本来は鵜島を経由して伯方島へと運行されているフェリーのようだが、今日明日の2日だけは能島行きに変更されている。
左 港には村上水軍の旗が 右 いかにも急造な能島便 フェリーには30人程度の乗客が乗り込んでいる。港で往復の運賃500円を払って私が乗り込むとまもなく船は出航。能島はすぐそこに見えているので5分程度で到着する。しかし辺りの海域は潮の流れも速く、能島はこの交通の要衝の関所のような島である。村上水軍がここに拠点を置くのは当たり前すぎるぐらい当たり前のようだ。能島の隣には鯛崎島という小さい島が隣接しているが、かつてはここも「能島城」の出丸となっていたらしい。
能島城遠景
左・中央 手前の鯛崎島 右 能島 左 いよいよ上陸 中央 能島風景 右 ここに城跡碑がある 能島は無人島だが、毎年花見があるためか港とトイレは整備されている(ただし水は出ない)。桜は本丸の方に多数咲いているようである。船が港に到着すると乗客は一斉に行動開始。桜が見えている本丸に直行するのは3割程度で、後の7割は桜なんか全くない出丸の方に向かって動き出す。どうやら乗客の7割以上が桜ではなくて能島城目当ての城マニアだったようだ。最近竹田城が多くの観光客が訪れて大ブームと聞くが、明らかに城マニアの底辺が拡大しているのを感じる。特にここにまでやってくるような連中はかなりコアな連中と思われ、めいめいが桜にはかまわずに島の隅々までをカメラをぶら下げてウロウロと見学して回っている(まあ私もその中の一人なのだが)。ある意味で異様な光景ではある。
左 桜に背を向け一斉に出丸に向かって登る城オタ一行 右 入り江を見下ろして 出丸は鯛崎島に最も近い側につきだした岬にあり、どうも昔はここから鯛崎島に橋を架けていたようである(吊り橋なら十分につなげられる距離である)。鯛崎島は小さな島だが、神社らしき祠が建っているのが遠目に見える。
左・中央 出丸 右 向こうに見えるのが鯛崎島 出丸から本丸の方に向かう。本丸は周囲を二の丸に取り囲まれており、ここを中心に三角形状の島の各頂点に出丸、矢櫃、三の丸の各曲輪が配されており、本丸に上る通路には一応虎口構造が見られる。
左 本丸方向を望む 中央 二の丸 右 矢櫃方向に回り込む 本丸に上がる前に矢櫃の方に回り込むが、ここは二の丸との間が堀切のような構造になっていて独立性が高い。ただスペースはかなり狭いので、せいぜい見張り台程度の規模である。周囲に矢竹らしきものが生えていたので、これが矢櫃の所以か。
左 かなり降りてから登ることに 中央 矢櫃はかなり狭い 右 隣の島(鵜島)がそこに見える 本丸はこの島一番の高台にあり、それなりのスペースを有している。とは言うものの、所詮はかなり小さい島なのでそう広大なスペースと言うほどではない。ただ辺りへの見晴らしは非常に効き、ここからは周囲を通る船に睨みをきかせることが出来る。能島城は城としては規模は小さいが、そもそも村上水軍の本領は水上の方にあるので、陸上施設はこの程度で十分なのかもしれない。それにむしろ小さな島の方が攻め手が陸上の大軍を動員できないので、村上水軍の得意な水上戦に持ち込むことが可能だろう。ただ一つ気になったのはどうもこの島には水場はなさそうであること。雨水を貯めていたのか、近くの島から運び込んでいたのか。
左 本丸へ登る 中央・右 本丸はそう広くはない 左 周囲を二の丸が取り囲む 中央 三の丸方向 右 出丸方向 本丸から海を見渡す 二の丸から一段低いところにある三の丸はこの城では最も広い曲輪であり、居住スペースを作るならここだろう。
三の丸は結構広い 島の三角形の頂点の部分には曲輪が、辺の部分には船着き場がある構造になっており、本丸からの号令一下で水軍の高速船が一斉に出航していたのだろう。この海域は小舟が隠れられる入り江はいくらでもあり、海域を知り尽くしている村上水軍は、流れの速い潮流などと相まって神出鬼没の活躍を出来たであろうと思われる。水軍を攻めようと思うと相手の得意の海上戦をせざるを得ないし、封鎖して干し殺しにするにも海はあちこちに続いているので完全な封鎖は難しいし、よくよく考えてみると水軍というのは地上の権力者にすると支配するのが困難な相手である。なるほど、これが戦国時代下でも村上水軍が生き残った理由であり、海上国家ヴェネチアが何度かの海外からの攻略に対抗して長期間生き延びられた理由か。海上には地上とは違った世界が広がっていたのである。
船着き場のある入り江
左 北側の入り江 中央 何かの跡だろうか 右 これは東側の入り江 島をウロウロと回っていたらNHKの取材班が来ていた。多分NHK松山だろう。他にも愛媛の民放のカメラも。花見の取材と言うこともあるのだろうが、ちょうど今年の本屋大賞に「村上水軍の娘」が選ばれたから、その関連と言うこともあるようだ。そう言えばなぜか本丸のベンチでその分厚い本を広げている者がいた。これも一種の聖地巡礼なんだろうか。
能島城を十分に見学すると渡船で宮窪港に戻る。この後は村上水軍関連のもう一つの城である来島城を訪ねるつもり。時計を見ると今から波止浜港に急げば昼の来島への便に間に合いそうである。村上水軍博物館に立ち寄ることも考えていたが、とりあえずそれは後にすることにして波止浜港に急ぐことにする。
村上水軍博物館
波止浜港へは大島南ICからしまなみ海道に乗って、橋を一つ渡った今治北ICで降りるとすぐで30分もかからない。波止浜からは来島経由で小島、馬島へと連絡する高速船が出ている。現地に到着したのは11時10分の便が出る20分ほど前。
高速船は定時に6人ほどの乗客を乗せて出港。造船所が並ぶ湾内を出るとちょうど湾の入口を押さえるような位置に来島があるので到着は5分程度。
波止浜港から来島へは5分程度 「来島城」は中央の山上にあるようだが、それより先に桟橋の柱跡があるという海岸の岩場を一周する。しかしこれが結構な難行苦行。足下が悪いので用心しないと海にドボンしそうである。途中で人工的なものと思われる穴をいくつか見つけたが、果たしてこれがそうであるのかどうかは素人の私には判別できず。
途中で道に迷ったり散々な目に遭いながらも島を半周して住宅地のある南側に戻ってくると、ここから来島城の見学に向かう。しかし来島城は曲輪の跡は残るもののはっきりとした遺構と言えるものは見つからず。北の急斜面に曲輪や通路らしいものが垣間見えるものの、鬱蒼としすぎている上にあまりに急斜面に確認できずである。
左 この山上に来島城がある 中央 神社がある 右 海岸を回る 何やら柱跡のような雰囲気のものはあるが判然とせず ただここがこの辺りの海域を押さえる要衝であるのは分かる。先ほどの能島城が大島の北を押さえ、この来島城が大島南の来島海峡を押さえている。村上水軍の拠点はさらに因島にもあったわけであるから、まさに天然の関所のような地形であり、彼らの目を盗んでの瀬戸内の航海は不可能である。村上水軍繁栄の時代に思いを馳せながら来島を後にする。
左 来島城へ登る 中央・右 神社がある 左 ここら辺りが曲輪跡 中央 本丸 右 本丸に建つ鉄塔 さてもう昼を過ぎている。今日はもう帰るだけだが、その前に昼食と一休みをしたい。どこか近くでと考えた場合に思い出したのは今治にある清正の湯。ここには竹庭という小学生以下入場禁止の温泉がある。
清正の湯 竹庭
まずは温水プールなどもある本館の方で昼食を済ませ、別館の竹庭に向かう。竹庭は入館料は1000円とやや高いのであるが、これでタオルセットと入浴後のお茶と茶菓子がついてくるのでぼったくりと言うほどではない。何よりも浴槽で泳いだり走り回る馬鹿ガキがいないことは非常に大きい。ゆったりとくつろげる大人の浴場である(一つ間違うと非常に卑猥に聞こえる紹介だ)。
泉質は含放射能のナトリウム炭酸水素塩線とのこと。汗をかかないさっぱりしたお湯というような紹介をしていたが、確かにべたべたに汗をかく種類のお湯でなく、湯上がり後がさっぱりしているのが特徴。低温ミストサウナや露天風呂で十二分にくつろぐ。
帰りに村上水軍博物館に立ち寄ろうかと考えていたのだが、昼食を摂って風呂でマッタリしたら疲れが出てきて面倒くさくなってきたので、この日はこのまま帰宅と相成ったのである。なお離島をガツガツと歩き回ったのは予想以上に足腰に来ていたようで、この2、3日後には両足の痛みとだるさに苦しめられ、己の体力の衰えを嫌と言うほど思い知らされたのであった。
帰りに立ち寄った来島SAで購入したじゃこカツ 今回はついに無人島にまで繰り出した始末。かなりコアな分野まで踏み込んでしまった自分を感じる。ただ能島城でも来島城でも少なからぬご同輩を見かけて、この分野ももはやマイナーな趣味分野ではないということも感じた。この流れを私の以前からの懸案である「地方再生」に何とかつなげる方策はないものかと思う今日この頃である。
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