展覧会遠征 神戸編3

 

 さて先週は長野から関東までを回る大遠征を実施し、まだそれから帰ってきてから数日しか経っていない。だからこの週末はとても遠くまで動き回る体力も資金力も残っていない。と言うわけで今週は近場を車でブラッと回ることにする。

 


「美しきアジアの玉手箱 シアトル美術館所蔵 日本・東洋美術名品展」神戸市立博物館で12/6まで

 

 シアトルと言えばシアトル・マリナーズでのイチローの大活躍を連想するが、実のところ何かと日本と縁のある街であるという。その中でもシアトル美術館は屈指の日本・東洋美術コレクションを誇り、その中には日本にあれば国宝クラスのレベルのものも存在するという。そのようなコレクションの中から、絵画、工芸、陶芸などの逸品を展示している。

 展示作品は実に幅広い。江戸時代の葛飾北斎による肉筆画から、果ては縄文時代の土偶までと実に雑多。ただし海外の日本美術コレクションには大体共通して言えるのだが、コレクターによる美意識が貫かれてはいるようである。絵画類の中で圧倒されたのは「烏図屏風」。金地に大量の烏を描いた六曲一双の屏風であるが、離れてみると単に黒い影だけに見える烏が、近くで見ると細かく描かれているという二重構造的な構成になっている。江戸時代の作品という割には、非常に斬新な印象を受ける。ちなみにこの作品は誰の手になるものかが不明なのであるが、このように作者不明でもとにかく作品のレベルの高いものは蒐集しておくというのは海外のコレクターに多い。

 後半部では広くアジアの陶磁器の類が展示されている。中国のものが多いが、中には韓国のものもあり、これらが良く比べると微妙に雰囲気が違うというのも興味深いところ。

 


 博物館を出ると、駐車料金代わりに大丸地下でユーハイムのフランクフルタークランツとバームクーヘンを買い求める。私の使用した駐車場は大丸提携駐車場なので、3000円購入で1時間無料になる仕掛け。そうでないと駐車1時間で500円も料金をただ取られることになる。無駄金を使うということを一番嫌う私としては、そういう無意味な出費には耐えられないわけである。500円をケチって3000円を使う。これも私の価値観というものである(笑)。

 

 神戸の博物館を回った後はさらに東に少し走る。実は今回は神戸の美術館を回るということの他にもう一つ目的がある。それは久しぶりに映画を見ようというもの。その映画が先週の遠征から伏線になっていた「サマーウォーズ」。この映画については実は以前に「エヴァンゲリオン」を見に行った時に予告編が上映されており、それを見た時に何となく心惹かれる映画であると感じていた。ただその時はわざわざ見に行くことまでは考えていなかったのだが、先週思いがけずも上田で再び遭遇するに至って、これはやはり一度見に行っておいてやろうかと思い立った次第。

 この映画の上映館は埋め立て地の複合ショッピング施設内にあるシネマコンプ。とりあえず駐車場に車を放り込んで入場。これでとりあえず3時間駐車料無料である。

 


「サマーウォーズ」

 

 ストーリー

 物理部に属する高校二年生の小磯健二は、数学オリンピックの日本代表まであと一歩のところまで行ったほどの数学の天才。しかしその実態は少々内気でパッとしない普通の高校生であった。夏休み、友人の佐久間と世界的規模のバーチャルネットワークOZのメンテナンスのアルバイトをしていた彼だが、突然に校内のアイドルで健二よりも1年先輩の篠原夏希にアルバイトに誘われる。そのアルバイトの内容も聞かされないまま夏希の故郷の上田に連れて行かれた健二は、そこで彼女の一族郎党に引き合わされる。何と彼は夏希の婚約者と言うことにされてしまったのである。夏希に頼み込まれて仕方なくその役割を引き受ける健二、一族の当主で夏希の曾祖母に当たる陣内栄のお眼鏡にもかない、戸惑いながらも何とか無事に役割をこなす。

 ホッとして床につく健二。そこに謎の文字列が羅列されたメールが届く。何かの暗号だと思って得意の数学力でそれを解読して返信する健二。しかし翌日、何とOZのセキュリティが突破されて世界が大混乱になっている上に、健二がその犯人にされているというニュースを目にすることに。こうして健二は陣内家一族郎党と共に、世界の運命を握る大事件に巻き込まれることになってしまうのである。

 

 

 バーチャル世界とリアル世界が密接につながっており、バーチャル世界の混乱がそのままリアル世界に跳ね返ってしまうような高度ネットワーク社会を舞台にした未来物語・・・という体裁をとっているのだが、その内実はいかにも今風に見える設定に反して、かなりコテコテの「古典的」ドラマである。陣内家の一族郎党の結びつきがその最たるもので、いかにネットワーク社会になっても結局最後は人と人との直接的結びつきが重要であると言いたげであることが作品から漂っている。実際、OZから起こった社会の大混乱に対して、陣内家当主・栄が各界の人脈を活かして古くさい電話機であちこちに連絡をとっては混乱を沈めていく大活躍は、明からさまにデジタルとアナログの対決の雰囲気がある。ラストにおいても窮地の健二達を救うのは、舞台はネットワーク社会であっても、あくまで人と人との情の結びつきであるということも象徴的である。

 その古くささはストーリー展開にも反映しており、この作品の展開を大まかにまとめてしまうと、典型的な「ボーイ・ミーツ・ガール」タイプのストーリーに分類されてしまう。ただ今まではその冒険舞台が異世界だったり、未来社会だったりなどといったパターンが多いのに対し、これはバーチャルネットワーク世界が舞台になっているというだけの話である。最初はパッとしなかった主人公が、冒険の過程において成長を遂げ、最後はヒロインのハートをゲットするというお約束の王道展開である。それだけにストーリー自体は非常に「分かりやすく」、単純に共感できるのである。

 個性の強いキャラクターもなかなかに立っており、これらのキャラクターが縦横無尽に活躍するストーリーは痛快である。人類の危機に対してあまりに無策・無能に過ぎるアメリカ国防総省及びOZの管理者など、明らかにご都合主義は炸裂しているのであるが、そんなものはお約束のうちと言えるだろう。

 とにかく見終わった後に「気持ちいい」とか「爽快」という印象が残り、自然に「面白かったな」と言える映画、それが本作である。


 映画を見終わった後は、車を置いたまま次の美術館まで徒歩で移動。現地に到着すると案の定駐車場は満車であり、判断の正しさを改めて確認する。次の目的地は私が言うところの「微妙に嫌な位置にある美術館」である。

 


「だまし絵展」兵庫県立美術館で11/3まで

 

 一般的に「だまし絵」と言えば、目の錯覚などを利用して人を欺く絵画と言ったところであるが、その内容について特に細かい定義があるわけではない。本展では、いろいろな点で人を欺いたり面白い効果を見せる絵画を集めているようである。

 最初はかなり有名なアンチンボルトの野菜による肖像画作品から始まる。この手のパターンの作品は古典的で、実は日本の浮世絵版画にも同様の作品がある。例えば歌川国芳の「みかけはこわいがとんだいい人だ」なんかもこの手のジャンルに括られるのではないだろうか。この類の作品も中盤以降には登場する。

 これ以外では凹面鏡などに映すと絵が浮かび上がるタイプの作品などが続き、大きなスペースをとっていたのは、これもオーソドックスなものだが中世の本物に似せた静物画。近代に入ってくると超現実世界を描いたマグリットに、だまし絵と言えばはずすわけにはいかないエッシャーが登場する。マグリットが果たしてだまし絵と言えるかどうかは微妙な感があるが、エッシャーに関しては定番中の定番である。ただそれだけに残念ながら私にとってはいずれも「見たことのある」作品ばかりであった。

 こういう仕掛けものになると、やはり「遊園地のアトラクション」であるところの現代アートは黙っていない。目の錯覚を科学的に利用した仕掛けとしては一番凝った作品が多かった印象であり、なかなか楽しめる。

 芸術性云々よりも、いかにも夏休み企画らしく「楽しむ」ことに主眼をおいた展覧会。時には気分転換にこういうのもよろしかろう。もっともあまりの混雑ぶりには閉口したが。

 


 土日は混雑しているとは聞いていたが、閉館近くの4時頃だというのに入場規制がかかるほどの大混雑だったのは驚き。何がそんなに皆を駆り立てるのか。

 これで今回の予定は終了。再びショッピング施設の方に戻ると、「ボムの樹」で異常に遅い昼食。これで無料駐車時間がさらに+2時間になったところで帰宅することにしたのである。

 

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