展覧会遠征 奈良・大阪編

 

 私の遠征では常に旅費の節約というのが至上課題に挙がるのであるが、この春はそこに問題が生じていた。と言うのは、私が今まで関西での遠征に愛用していたJR西日本の「関西お出かけパス」が廃止されてしまったからである。関西地区のJR線が週末に定額で乗り放題になるこのチケットは、今まで青春18切符のオフシーズンには私にとって有力な武器であった。しかし高速道路1000円の効果をアピールしたい政府から圧力がかかったのか、それとも京都議定書を反故にしたいトヨタの陰謀か、単なるJR西日本お得意の顧客軽視戦略(?)か、真相は永遠の謎であるが、この私にとってはかなり深刻な事態が発生したわけである。

 かと言ってこの不況のご時世、JRのクソ高い料金をとてもまともには払っていられないし、関西を回るのにコストのかかる車なんて使っていられないし(関西エリアは高速1000円のエリア外だし、車で移動すると駐車料金が異常な価格になる)、何らかの対応を迫られることになったのである。

 ここで急遽浮上したのが「スルッと関西3day切符」である。これは5000円で関西一円の私鉄やバスが任意の三日間乗り放題になるというチケットである。季節限定販売の切符であるが、ありがたいところは青春18切符と若干期間がずれていることである。今までは私鉄で大阪方面に出ると、とにかく無駄に時間がかかることから使用はしていなかったのであるが、事ここに及べば贅沢を言っている場合ではない。こうして私はJRから私鉄に乗り換えることになったのである。

 これが今回の武器

 まずは山陽電鉄で大阪方面に向かうことになる。今回の目的地は奈良。最近、阪神なんば線の開通で神戸方面と奈良が直結されたので、早速これを利用してやろうという考えである。とは言うものの、やはり山陽電鉄の直通特急は無駄に停車駅が多く、JRの新快速と比較するとあまりにかったるいのは否定できない。特に絶望的なのが神戸高速鉄道区間での各駅停車。なんでこんな駅にというような駅にまで停車するので時間がかかってしょうがない。

 ようやく西宮まで到着すると、そこで後からやってくる奈良行き快速急行を待つことにする。到着した列車はロングシートの典型的な都市近郊タイプの列車。これが尼崎でさらに前方に増結して長大編成でなんば線に突入する。なんば線は西九条をすぎた途端に地下に潜るので面白味も何もない。結局はそのまま学園前まで乗車する。

 学園前からはバスで行きつけの美術館まで。ここの美術館は庭園が美しいのだが、桜がまだ咲いていてなかなかの風情。


「幽玄の美を追い求め〜松園・松篁の芸術観を育てた能楽〜」松伯美術館で5/31まで

 

 松園・松篁共に能楽から多くのインスピレーションを得て創作に臨んでいるとのことで、そのような彼らの能楽との関わりを示すような作品や、彼らが習っていたという金剛流の衣装などを合わせて展示してある。

 とは言うものの、私自身は能楽にはほとんど興味がないし、能面などもその善し悪しなどはさっぱり分からず、衣装に至っては「ふーん」で終わりである。確かに能楽をモチーフにした松園・松篁の作品には面白さは感じるが。

 なお本企画展とは無関係の収蔵品展示の方の、松篁による「万葉の春」の作品が個人的には一番印象に残った。どちらかと言えば花鳥画の多い印象のある松篁による人物画であり、松園の凛として品のある人物画とはまたイメージが少々異なり、やや柔らかみのある人物表現が非常に好ましく写った。


 美術館を出るとバスで移動しようかと思ったが、細々とバスに乗るのは金もかかるし面倒である。また今日は別に急ぐ旅でもないので、散歩がてらに登美ヶ丘の新興住宅地をブラブラと歩く。新興住宅地風であるが、もっと懐かしい雰囲気も混在しており、なかなか落ち着いた風情の住宅地である。しばらくブラブラしたところで、そのうちに以前に調べたことのある店に到着。時間も昼食にちょうどの時間帯になっていたので、そのままそこで昼食にする。

 今回の昼食は「かくれんぼ」。まさに名前通り、表通りから少し入ったところにひっそりとあるイタリアンの店である。注文したのはランチコースの「オステリアコース(2300円)」。前菜、パスタ、デザートを数種類から選択できるようになっているランチコースである。

 

 まず最初の前菜は「桜マスのカルパッチョ」。北海道から直送したという桜マスがなかなかに美味。またサラダ風に仕立ててあるが、この野菜がうまい。やはり良いレストランは野菜がうまくないと始まらない。

 メインは「あさりと九条ネギ、生椎茸のトマトソーススパゲティー」。オーソドックスであるが、なかなかに味わい深いパスタである。椎茸とネギが味のアクセントになっていて、トマトソーススパにありがちなぼやけた味になっていない。

 デザートは苺のタルトにバニラフレーバーの紅茶。これが言うことなし。私はハーブティーの類は苦手であるのだが、この甘い香りの紅茶は非常にしっくりとくる。良い洋食店はデザートもうまいということを改めて確認。

 パンのお代わりをもらったものの、それでも量的にはやや軽め。店内は洒落た雰囲気だし、女性が昼食をとるのに最適というムードの店である。ただ私のいつもの法則「優れた洋食は量以上の満足感がある」ということで、実際には量的な物足りなさを感じることはなかった。

 

 昼食を終えるとバスで学研登美ヶ丘まで移動。この路線は最近になって開通したそうだが、いかにも山の中に無理矢理に作った学研都市の駅という雰囲気。駅の周囲が全く活気がない。ここからさらにバスを乗り継いで次の目的地に向かう。目的地最寄りのバス停で降りたのだが、目的地が分からなくて苦労した。何しろこの辺りは個人の住宅でも、美術館と見まごうほどに大きな上に奇妙な作りの建物がある。結局さんざん探し回った挙げ句、実は目的地はバス停のド真ん前にあったということに気づいたのである。


「ポール・ヴンダーリッヒ展」ルイ・ルルー美術館で4/26まで

 この名前は私の知識の中にはないのだが、20世紀生まれのドイツの画家とのことである。主に20世紀の後半に活躍したようだが、作風としてはシュルレアリスムに属するのだろう。人体などをモチーフにして、超現実的な物質表現を行っている。また絵画だけでなく、立体造形も行っていたようである。

 精緻な描写などからは、立体に関するかなり鋭い感覚がうかがえるのであるが、人体表現がエロティックと言うか、はっきり言うと悪趣味に感じられ、私の趣味とは少々外れる印象。インパクトはあるのだが、あまり好ましさを感じられない。


 ところでこの美術館はつい最近「辺りに飲食店ができたりなど、町の雰囲気が当初に想定していた状態と変化してきたから閉館する」と騒ぎになっていた記憶があるのだが、結局あの騒動はどうなったんだろう。ちなみに現在の美術館周辺の雰囲気はというと、典型的な「人工的ニュータウン」である。住宅は多いにも関わらず、なぜか人の気配が感じられないという、私のもっとも嫌うタイプの街となっている。なおこの地域には数年前、仕事の関係で数日間泊まり込んだことがあるのだが、遊ぶところどころか夕食をとる場所にさえ事欠いた嫌な記憶がある。

 なおこの美術館はその名の通り、そもそもはガラス作家のルイ・ルルーの作品を展示する美術館であり、今回も彼の作品を多数展示してあった。ルイ・ルルーの作品については、一目見るなり「ガレに似ているな」という印象を抱かされる。色ガラスを多用する手法といい、金箔を貼り込む装飾といい、いずれもガレに見られた手法である。そして決定的なのはキノコのモチーフ。もっともガレのいかにも有機的な輪郭線に比較すると、やや幾何学的ですっきりしたプロポーションはアール・ヌーヴォーよりはアール・デコ的である。またガレのモチーフがあくまで具象であったのに対し、モチーフが抽象的であるのは現代的か。

 美術館の見学を終えると、バスで再び学研登美ヶ丘駅にまで戻ってくる。ここから次の目的地までは一本で移動できる。この路線に乗るのは初めてであるが、地下鉄部分が多すぎて面白味に欠ける路線である。私は洞窟は好きだが、地下鉄は嫌いである。

 


「インシデンタル・アフェアーズ」サントリーミュージアムで5/10まで

 

 インシデンタルの意味は「偶発的な」というものであるという。日常生活の中の偶発的な事象をテーマにした現代アートを集めた展覧会であるという。

 とは言うものの、実際の作品を見るとこのテーマがどれだけ意味があるかは疑問であった。なお作品の意味については音声ガイドに頼るのが最も良いようである。そのためか本展では音声ガイドがセットになった割引券も販売されていた。実際に音声ガイドの説明を聞かないと制作者の意図が理解できような作品も多々あり。この辺りは現代芸術の表現としての限界を感じずにはいられないのだが。

 なお音声ガイドでは頻りに「現代芸術は難しくて分かりにくいとよく言われる」と繰り返していたのだが、正しくは「現代芸術は独りよがりでつまらない」というのが実際では。表現者がごく普通の知能を持つ一般的人に対して「理解できないならそれでよい」というスタンスをとるのでは、本人にとっては明らかに楽であるが、既に表現としての意味をなしていないというのが私の考えである。やはり現代芸術の多くは、既に表現者自身の自慰行為に陥っているのではと感じさせられたのが今回である。


 これで今回の遠征は終了。後は阪神電車で長い帰宅の途へとついたのであった。なお切符は後二日分まだ残っている。これを有効期間内で使いきるのが次の課題である。それにしてもやはり都会の路線は各駅停車の間隔が短くて鬱陶しいということを抜きにしても、乗っていて面白みを感じない路線が多すぎる(というか、そもそも地下鉄が多いし)と感じることしきり。これは何かの仕掛けを考えないと、しんどくなってきそう。

 

 戻る