展覧会遠征 京阪編9

 

 この週末はコンサートの三連チャン。まずは京都での京都市響のコンサートに出向く。金曜午後の仕事を早めに終えると京都まで移動。コンサートの前に駅ビルに立ち寄る。

 


「芳年−激動の時代を生きた鬼才浮世絵師」美術館「えき」KYOTOで4/23まで

 

 芳年は国芳の弟子とのことで、確かに歌舞伎絵などに見られる大胆な表現などに国芳と共通するところがある。ただ彼は幕末の動乱に巻き込まれて、その中でかなり苦闘があったようだ。上野で実際に目にした戦争の光景などの写生から、独特の血みどろ絵とも言われる残酷な表現の入った作品のシリーズがある。表現力が高いだけにかなり不気味さもある。

 芳年は時代の激動の中のストレスなどから一時精神を病んだ時期があるとのこと。そのような経緯からもやや生真面目な性格が推測される。実際に彼の作品が師匠の国芳と最も異なる点は、国芳の作品にはどんな時にも常にユーモアが満ちており、たとえばお化けを描いたとしてもニヤリとさせられるような作品であったり、戦の絵でもハチャメチャすぎてむしろ笑えたりなど楽しさがあるのだが、芳年の作品にはそのようなユーモアが見えてこないところ。国芳がかなり自由に伸び伸びと描いているように感じられるのに対し、どことなく窮屈な感じが漂ってしまうのである。

 とは言え、抜群の技量を有しており、明治期の浮世絵の第一人者であったことは間違いない。実際に本展でも唸られせられるような作品は多い。その割には今日の知名度が決して高いと言えないことを考えると、このような展覧会は貴重である。


 美術館の見学後は駅ビルのラーメン横町で夕食を摂ることにする。入店したのは「麺処白樺山荘」「醤油チャーシュー(1050円)」を注文する。

 かなり濃厚なスープに太めの麺を使用したラーメン。太めのしっかりした麺は食べ応えがあり、濃いめの味のスープとよく合う。特別にどうというわけでもないが、まあ普通に旨いラーメンである。

 

 夕食を摂ったところでホールに移動する。

 


京都市交響楽団 第611回定期演奏会

 

[指揮]アレクサンダー・リープライヒ

[Pf]北村朋幹

 

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」op.26

ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調op.21

ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲

 

 リープライヒは結構いろいろと細かい仕掛けを駆使するタイプの指揮者のようである。ただ一曲目のフィンガルでは京都市響が完全にリープライヒの意図に追随できていないようで、ところどころ明らかにアンサンブルの乱れが起こる。またリープライヒがかなりアップテンポ気味の設定だったために、何やらゴチャゴチャしたまま最後まで流れてしまった印象を受ける。

 北村のピアノはショパンに合うタイプのロマンチックな演奏。1番以上にロマンチック色の強い2番の協奏曲にはマッチした演奏である。

 最後のルトスワフスキーはフィンガルとは一転して、リープライヒの指揮と京都市響の演奏がガッチリとかみ合ったメリハリの強いなかなかの名演。やや難しいところのあるこの曲に対して比較的わかりやすい演奏になっていたと感じられた。


 コンサートを終えるとホテルに移動する。宿泊ホテルは京都での定宿チェックインホテル四条烏丸。部屋は狭いが料金はそれなりというホテル。ホテルに入ったところでかなりの疲労がこみ上げてくるので、大浴場で入浴すると早めに就寝する。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は7時に起床。どうも体が重い。シャワーで目を覚ますと朝食バイキングへ。私のプランはスペシャルプランとかで朝食にホタルイカ付き。意外と豪華に見える。

 

 チェックアウトまではテレビを見たりこの原稿を入力したりでマッタリ。ニュースを見ていると、失政続きで死に体のトランプはいよいよ支持率アップのための最終手段をとろうとしているようだ。何しろあそこは戦争さえ始めたらどんな馬鹿大統領でも支持率が大幅に上昇する国である。やはり常に他国を侵略ばかりしている国なので、基本的に国民が戦争好きなんだろう。北朝鮮もろくでもない国なのは間違いないが、勝手に隣でドンパチ始められたらかなわない。また安倍も念願の戦争ができると浮かれているようだし。あの馬鹿は祖父さんによほど戦争は儲かると仕込まれたんだろう。

 

 10時頃にはホテルをチェックアウトする。今日はコンサートで移動する前に国立博物館に立ち寄ることにする。


「海北友松展」京都国立博物館で5/21まで

 桃山時代、狩野永徳と長谷川等伯がしのぎを削っていた頃、彼らと並んで賞されていた画家が海北友松。武家の家に生まれた友松は最初は狩野派の絵画を学んでおり、狩野元信に師事したとも永徳に師事したとも言われている。しかし永徳の没後、狩野派から離れた彼は、後に友松流とも呼ばれる独自の絵画世界を確立する。その海北友松の画業を紹介するのが本展。

 本展では最初期の狩野派の影響が濃厚な頃の作品から展示されている。この頃の友松の画業については不明な部分も多く、無款の作品も多く、後に友松の作と鑑定されたものもあるとか。この時代の作品は鋭角的で端正ないかにも狩野派的な作品であり、後の独自の画風を確立した頃の作品とは別人ののように異なっている。

 60を過ぎた頃から独自の画風を確立して彼の真骨頂となってくる。勢いのある線と余白を活かした空間構成、どことなくユーモアを感じる軽妙な画。やたらに豪壮さを誇る狩野派とは一線を画している。彼の名を成さしめた龍の大作が圧倒させるところだが、心に残るのはアメリカから里帰り展示となった「月下渓流図屏風」。幽玄とした風景を描いた名品で、長谷川等伯最晩年の傑作「松林図屏風」にも匹敵すると言われる。淡い墨彩と余白を活かした空間表現はまさに友松の究極の世界である。

 現代において狩野永徳や長谷川等伯に比べると知名度の点で一段低いことを否定できない海北友松について紹介した意欲的展覧会。十二分に訪問の価値のある内容であった。


 「月下渓流図屏風」はまさに国宝級の名品だと思うのだが、なぜこの作品がアメリカにあるんだ? 日本の過去の愚行から名品の多くが海外に流出している現状を考えると暗澹たる気分になるのである。しかもさらに情けないのは、海外に流出したからこそ明治政府の神道原理主義者による廃仏毀釈の文化破壊などから免れて今日まで残っていたり、あの大馬鹿侵略戦争での空襲から逃れていたりした作品も少なくないという現実である。この国の文化に対する認識のお粗末さを示す事例でもある。そういえばつい最近も学芸員がガンだから一掃する必要があるなどとの妄言を吐いた馬鹿政治家がいたな。どうせ利権のための無駄工事でもしようとしたのを、学芸員に遺跡保護か何かで反対でもされたことがあるんだろう。

 

 博物館の見学を終えると京阪で河原町に戻って昼食を摂ることにする。入店したのは「レストラン菊水」。歴史のある洋食屋という風情の店。「フィレカツの定食」を注文する。

 いわゆる古き良き町の洋食屋というところで、まさに味付けもそのような趣。なかなかにうまくて満足度も高い内容だ。ボリュームは大してあるわけではないが、心が豊かになる。

 

 昼食を終えるとしばし町を散策して時間をつぶしてから、阪急でホールまで移動することにする。

  

こういう何気ない街角が京都の魅力


第95回定期演奏会

 

指揮/ジョセフ・ウォルフ

ヴァイオリン/漆原 朝子

管弦楽/兵庫芸術文化センター管弦楽団

 

〜オール・エルガー・プログラム〜

ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 op.61

交響曲 第1番 変イ長調 op.55

 

 風体にはどことなく胡散臭さのある指揮者のジョセフ・ウォルフだが、見た目に反してその指揮は正当派。奇をてらわない正攻法の演奏である。

 エルガーの曲について私はあまり詳しくないのだが、ヴァイオリン協奏曲の方は結構甘い曲なのに、交響曲になるとやはり「威風堂々」とするのはエルガーたる所以か。

 漆原のバイオリン演奏はこの曲の曲想に合った甘美なしらべであり、日本においては決して知名度が高いとは言い難いこの曲の魅力を十分に伝えるものであった。


 コンサートが終わったところでホテルに向かうことにする。今日の宿泊ホテルは長居の長居パークホテル。阪急とJRを乗り継いでの移動。

 

 到着した長居駅はいかにも下町の少々雑然とした雰囲気のある町。私とは相性の良さそうな町だと直感的に感じる。とりあえずもう7時前なのでホテルに入る前に夕食を摂っていくことにする。駅前にある「天領難波そば」に入店して「カツ丼+ミニソバ(990円)」を注文。

 何か特別なところがあるわけではないのだが、そばも丼も旨い。どこか懐かしい味。このタイプの町ではリーズナブルな価格で旨いものが食えるというのが私の経験則なのだが、確かに正解だったようである。

 

 夕食を終えるとホテルに入る。私の部屋は角の変形部屋。広いのか狭いのかよく分からない部屋だ。とりあえず部屋に荷物を置くと大浴場で入浴することにする。このホテルも例によって小さいながらも大浴場付き。やはり足を伸ばして入れる風呂はよい。今日は1万3千歩もあるいてかなり疲れているので凝った体をほぐす。

 

 入浴後は疲れが出て部屋でグッタリ。ただ夜も9時を回った頃になると小腹がすいてきたので駅前の「じゃんぼ總本店」までたこ焼きを買いに行く。やはりこの町は私と相性がよい。

  

 小腹を満たしたところでベッドで横になる。この日はやや早めに就寝することにする。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 昨晩の就寝が早かったために翌朝は早めに目が覚める。朝から大浴場で体を温めると、バイキング朝食。パン食の無料朝食なので私にはやや不足か。

 

 今日はコンサートと美術館1カ所程度の予定なので、チェックアウト時刻の11時手前までホテルでゴロゴロする。やはり体の重さはどうにもならないようだ。

 

 ホテルをチェックアウトすると天王寺まで移動。美術館に立ち寄る前に昼食を先に済ませることにする。立ち寄った店は毎度のようにMIOの「グリルまるよし」「タンシチューのランチ(2400円)」を頂く。昨日に続いてこちらもいかにもの町の洋食屋。柔らかくなるまで煮込んでいるタンが絶品で、苦みの強くないデミグラスソースが私好み。

  

 昼食を終えると道路向かいに見えているタワービルに。ここの美術館も何度も立ち寄っているが、当初の頃に比べると客足は落ちてきているようだ。以前には行列ができていた展望台のチケット売場も今日は閑散としている。

 


「マティスとルオー」あべのハルカス美術館で5/28まで

 共に20世紀絵画を代表する巨匠であるマティスとルオーは、互いの芸術を認め合っており交流もあった。その二人の交流を示す書簡類と両者の作品を展示。

 正直なところ書簡類は私にとってはどうでも良いところなのだが、展示絵画の方は非常に個性的な両者の特徴をよく伝える作品を集めてあり面白かった。個人的には決して好きなタイプの作品ではないのだが、それにも関わらず妙な魅力を持っているのが彼らの作品である。互いに認め合っていて交流があったと言う割には作品の印象は全く異なるのが興味深いところ。両者の共通項をあえて挙げるとすると、原色を使いまくる色彩感覚辺りだろうか。


 コンサートまでまだ時間の余裕があるので空中庭園でしばし休憩。おおさかの風景を見下ろしながら、今この原稿を打っている(笑)。ここも以前は観光客でごった返していたが今日はそう多くない。下を見ると靴型をしたゴムがあったから、何かのオブジェかと思ったが、どうやら誰かが靴底を落としただけの模様。最近の靴は突然に底が抜けることが多くなった。メイドインチャイナの粗悪品などが増えたせいか。

左 空中庭園からの眺め  中央 今日はあまり人が多くない  右 あまりにさりげなく落ちている靴底

 しばらく庭園でマッタリしてからホールへ向かう。今回はフェスティバルホール会員最優先予約で座席を確保しているので、1階席中央付近のかなり良い席である。

 


東京都交響楽団 大阪特別公演

 

指揮/アラン・ギルバート

ピアノ/イノン・バルナタン

管弦楽/東京都交響楽団

 

曲目/ベートーヴェン:劇付随音楽《エグモント》序曲 op.84

   ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43

   ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 op.55「英雄」

 

 アラン・ギルバートの指揮は躍動的でエネルギッシュである。しかし決して雑ではなくて結構細かい仕掛けも多い。しかし都響はそれらの仕掛けに悉く応えており、両者の意思疎通がよく出来ている印象を受けた。

 バルナタンのピアノ演奏はまさに縦横無尽の軽妙さというところで、少々あくの強さも感じないではないが、この曲の曲想には非常にマッチした演奏であった。

 全体を通して都響の安定した技術力を感じさせたコンサートであった。ちなみにアラン・ギルバートの動作の大きいキビキビとした指揮スタイルは、ポリャンスキーを連想させるものがあった。


 さすがに都響はうまいなということをつくづく感じさせられた。残念ながら在阪のオケはここまでの安定感はない。更なる奮起を願いたいところ。

 

 これでこの週末の予定は終了。家路につくのであった。しかしさすがにコンサートの三連荘は結構疲れた。

 

 

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