展覧会遠征 京阪編2

 

 この週末はライブの二連チャンと相成った。金曜に出かけてそのまま大阪に宿泊してから、翌日は京都を回ってから西宮で次のライブという結構ハードなスケジュールである。

 初日のライブは大阪のフェスティバルホール。開演前に大阪で夕食にラーメンを食べてから会場に向かうことにする。立ち寄ったのは「上方段七」で、醤油チャーシューと半炒飯のセットを注文。

 店の表まで悪臭が漂っていたが、これは典型的な和歌山ラーメンの臭い。醤油豚骨の和歌山ラーメンはとにかく臭いことで有名である。ただ味は極めてオーソドックス。炒飯と共に結構私の好み。

 

 夕食を終えると地下鉄で肥後橋に移動、フェスティバルホールに向かう。このホールに私が来たのはかれこれ30年以上前。新装なってかなり綺麗で高級感溢れるホールになっている。クロークにトランクを預けてから入場。


大阪フィルハーモニー交響楽団 第486回定期演奏会

 

指揮:クラウス・ペーター・フロール

独奏:クララ=ジュミ・カン(ヴァイオリン)、ジャン・ワン(チェロ)

 

ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 イ短調 作品102

ドヴォルザーク/交響曲 第8番 ト長調 作品88

 

 ブラームスの協奏曲については極めてオーソドックスな演奏という印象を受けた。チェロのジャン・ワンについてはなかなかに聞かせるタイプだと感じたが、クララ=ジュミ・カンのヴァイオリンにはやや線の細さを感じた。

 楽団員によるプレトークによると、指揮者のクラウス・ペーター・フロールはレコードなどではオーソドックスな指揮をするが、ライブになるとかなり熱い演奏をしでかす指揮者であるとのことであった。その言葉の通り、ドボ八のいきなり第一楽章からやらかした。かなりのアップテンポの演奏で、アンサンブルが崩壊しかねないギリギリの線。こんなに緊迫感のあるドボ八は初めて聞いた。ドボルザークの田園交響曲とも言われるのどかな曲が、彼の指揮にかかると激しいダイナミックな曲になる。非常に振幅の大きな演奏で、やや「大時代的」な感のある演奏。これはこれでありだろうが、果たしてこの曲でこの演奏はどうなのか。

 大阪フィルの演奏を聴くのは30年ぶりぐらいになるが、今回に関しては弦の弱さを感じた。下手なわけではなくて、単純に物理的に弱いのである。その絡みもあって、金管にもう少しデリカシーが欲しいような気もした。


 フェスティバルホールは以前よりは音響が強化されたような印象を受けたが(と言っても以前の訪問が30年以上前なので確信のあることは言えない)、それでもザ・シンフォニーホールなどとは比べるべくもない。特に大ホールは器が大きすぎることから音響的には余計にしんどいようである。大フィルの弦がかなり弱く感じられたのは、これも大きな要因であるとは思う。

 

 演奏会が終わったのでホテルに向かう。大阪で宿泊することを考えていたのだが、大阪のホテルは高い上に空きがないので、今回確保したのは茨木のクレストいばらき。ただホテルに入る前に夜食ぐらいは調達しておきたい。そこで近くのイオン茨木に行ったのだが、近くというには結構遠かった。しかも寿司でも欲しいと思っていたが、閉店間近だったために調達できたのはサラダだけ。体には良いかも知れないが・・・。

 ホテルに入ってサラダをかき込むと、大浴場で入浴してからこの日は床につくのだった。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌日は7時過ぎに起床。朝食はレストランで和定食。今日は京都に立ち寄ってから西宮に向かうつもりだが、京都の美術館はオープンが10時からだから、9時過ぎにホテルを出れば良いのでゆったりしたスケジュール。朝風呂を浴びてから一休みしてホテルをチェックアウトする。

 

 京都へは快速と新快速を乗り継いでだが、この新快速が通勤列車並みの大混雑、続いて京都で乗り換えた地下鉄もやはりラッシュ並み。一体何が起こってるんだ?

 


「「京」を描く−洛中洛外図の時代−」京都文化博物館で4/12まで

 国立歴史民俗博物館の所蔵品の屏風を中心に、洛中洛外図を多数展示した展覧会。

 洛中洛外図が制作された意図については、単純に京都観光案内のようなものから、権力者の意図を反映したものまで様々であるが、時代によって桃山時代には秀吉政権下での聚楽第や方広寺の大仏が描かれ、徳川時代になると二条城に変わるなどその時の京都を映していて面白い。また時代は変われど、常に金ぴかの雲の中に名所が浮かぶという基本形態は変わらないのも興味深いところ。

 個人的に一番興味深かったのは、幕末になって本当の航空写真のような写実的な京都の図が出てきたこと。今の京都とも絵図に描かれてきた京都とも異なる風景が非常に面白かった。


 地下鉄で京都駅に戻るともう一カ所。それにしてもこの建物は外観が下品であるだけでなく、内部も動線設計が無茶苦茶で極めて使いにくい。全く現代の駄目建築設計の見本のような建物である。毎回来る度にストレスが溜まる。

 


「東山魁夷 わが愛しのコレクション展」美術館「えき」KYOTOで3/29まで

 日本において知らぬ人はほとんどいないという日本画の大家・東山魁夷が個人的に蒐集した美術品と彼の作品を併せて展示。

 魁夷のコレクションは日本の古典的美に属するものから、海外の骨董品まで実に多彩。その辺りには彼の美意識が反映されているようだ。ガレのガラス製の茶入れなんかが和洋折衷な感覚でなかなか面白かった。

 またスケッチなどを含めた魁夷作品の展示も結構あり、かなり見応えのある作品が多かった。彼のファンなら行って損はしない展覧会であり、当然のように私も堪能した。


 京都での美術館の予定を終えると直ちに移動する。大阪に向かう新快速もかなりの混雑。今日は特に何があるという日ではなかったはずなのだが・・・。秋の京都が馬鹿込みするのは知っているが、春の京都も混雑するのか。やはり京都が空くのは、灼熱地獄の夏か極寒地獄の冬と言うことか。

 

 大阪で阪急に乗り換えになるが、その前に阪急の地下で昼食を摂る。入店したのは「はまぐり庵」週末限定のランチと焼きハマグリを頂く。まあ取り立ててどうという内容ではないが、普通にうまかった。大阪はこんな風に適当な店に入っても大はずれは少ないから助かる。これが東京だったら大変なことになる。

 阪急梅田から西宮北口までは10分程度。意外と近いものだ。


マレク・ヤノフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団

 

 ブルックナー 交響曲第8番

 

 もう最初の第一音目から鳥肌が立つのを感じた。重厚で渋いいかにものドイツサウンド。根本的に音色が違う。ヤノフスキの指揮はこの渋いオーケストラに合わせたオーソドックスで外連味のない実直なもの。地味なのではあるが、分厚いサウンドでグイグイと押してくる。決して音響的に優れているとは言えないこのホールをこれだけ鳴らせるのだからそのパワーも侮れない。また驚いたのはピアニッシモの表現。これぞピアニッシモというレベルの演奏が来るので、フォルテッシモと非常に振幅の激しい演奏になる。ああ、ブルックナーってこんな曲を作っていたのかと再認識した次第。かなり桁外れのものを聞かされたという印象である。


 すごい演奏だと思ったが、やはりプログラムが地味すぎるのか会場の入りは今ひとつであった。また長大なブルックナーは聞き手にも負担が大きく、途中からはウツラウツラしている聴衆も少なからずというところ。まあ私も本音としては「出来ればブルックナーよりもブラームスなどの方が良かったかも」という気もある。

 

 ライブ中心の週末だったが、最後に「これぞドイツサウンド」という超強烈なものを体験することになった。これは日本のオーケストラももっと頑張ってもらわないと。ただ今はオーケストラを取り巻く環境はかなり厳しいとか。慢性の観客不足の上に公的支援は橋下のような愚かな独裁者のせいで切られる一方、経営に行き詰まるところも多いとか。そもそもこの国はとにかく文化には金を使わない国だし。今や演奏家というのは、努力と経費に比して稼ぎが少ない職業の筆頭に上がるらしいし。私も個人的には少しでも支援したいところだが、その私自体が全く余裕がなくて、老後のことを考えるとお先真っ暗だし・・・。

 

 いかん、年寄りの愚痴になってきた。とりあえず「今時の若い者は・・・」と「ワシの若い頃は・・・」は年寄りの愚痴の二大パターンだとか。気がつけばそういう喋り方になりそうになる自分に老いを感じてしまう今日この頃である。

 

 

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