展覧会遠征 東京編6

 

 まだ暑い最中であるが、仕事の関係で火曜日から東京に2日間の出張をすることになった。案件は朝の9時からなので、月曜日の仕事終了後に東京に移動しての二泊二日である。これが月曜日か金曜日なら土日をひっつけて自費で宿泊して東京の美術館を回るんだが・・・と思ったところで、それなら出張後の木曜日に休暇をもらってしまおうかという考えが浮かんだ。既にこの出張を織り込んで仕事の調整はしているので、さらに一日抜けたところで差し当たって仕事に支障はない。私は先週のお盆も出勤して仕事しているし、一周遅れのお盆休みを取ってもバチは当たらなかろう。

 

 月曜の仕事を終えるとのぞみで東京入りする。のぞみはまだお盆の余波が残っているのか乗車率が非常に高い。こうなると狭っ苦しいのぞみの3列シートは苦痛である。車内ではしばらくNexus7で夢の扉を見ていたが、昨晩の寝不足が効いて途中からは爆睡のまま東京に到着する。

 

 宿泊ホテルは定宿NEO東京。閉店準備中の上野の駅ナカで3割引の弁当を明日の朝食として購入すると、ホテルにチェックイン。風呂で汗を流すと明日に備えてさっさと就寝する。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は7時前に目覚める。さて仕事であるが、場所は六本木。南千住から神谷町まで地下鉄日比谷線で移動するが、これが見事なラッシュ。東京のラッシュを体験するのは数年ぶりだが、つくづく常軌を逸している。特に秋葉原までの混雑はひどく、満員の列車に無理矢理にさらに乗客が乗り込んでくる。手から離れた荷物が、下に落ちずにそのままその場で浮いているという状態。東京に住んでいると通勤だけで膨大な不快エネルギーが蓄積されるという次第。痛勤とはよく言ったものだ。もしこの痛勤エネルギーを電気エネルギーに変換できたら原発なんか不要になりそうだ。こういうのを見ていると、やはり東京は病んだ解体すべき町と痛感する。

 

 

〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆

 

 

 仕事は朝9時からみっちり。ようやく午前中の仕事を終えると昼休みになる。昼休みは1時間。昼食を終えてもまだ時間に余裕がある。どうせだから気分転換の散策ついでに近くの美術館に立ち寄ることにする。それにしても東京は灼熱地獄だ。


「没後50年回顧展 板谷波山−光を包む美しきやきもの」泉屋博古館で8/24まで

  

 陶芸家には二つのタイプがいるように感じられる。一つは焼き物自体にこだわるタイプ。もう一つは焼き物を一つのキャンバスのように見立てて絵付けにこだわるタイプである。前者は奇抜な形態の器(時には器という範疇から完全に逸脱する場合すらある)や独特の地肌の作品を制作するが、後者は比較的無難な形態の器に複雑な彩色や大胆な構図の絵柄を描く。板谷波山については後者のタイプのようだ。

 彼の作品は長年その発色などの研究を重ねたらしく、その一つの到達点として輪郭をぼかした淡い色彩による描画の作品などが見られる。これらの作品は独特の透明感を有している。この辺りなどは乳白色の肌にこだわって独自の下塗り術を完成させた藤田嗣治などと共通するものが感じられ、陶芸家と言うよりは画家に近い感性だと思われる。

 煌びやかな色彩は印象派の絵画を連想させるものもあるが、その一方で水墨画にも通じるような淡い中間色を用いた作品など表現は実に多彩である。個人的には陶器としてよりも絵画として楽しんだというところ。


 

 

〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆

 

 

 6時過ぎにようやく今日の仕事を終える。疲れたのでホテルに戻りたいところだが、近くに8時まで開いている美術館がある。勿体ないので立ち寄ることにする。


「ガウディ×井上雄彦 −シンクロする創造の源泉−」森アーツセンターギャラリーで9/7まで

 

 バルセロナのサグラダ・ファミリアで有名なガウディの建築について紹介している展覧会。

 ガウディの建築と言えば生物を思わせるような曲線に過剰気味な装飾がイメージとしてあるのだが、あの曲線は単なる曲線ではなくて幾何学的に意味があるらしい。個人的に興味深かったのは、直線のみを組み合わせて曲面を作り上げるという平曲面。曲面でありながら構築材は直線なので強度的にも高いものになるらしい。どうやらただのインスピレーションだけで走る芸術化志向の人間ではなく、もっと技術者志向のある人間だったように思われる。このようなことが感じさせられたのは興味深かった。またCGで再現したサグラダ・ファミリア完成予想図には驚かされた。あまりに規模が大きすぎて本当に実現可能なのかにいささか疑問も感じられる。少なくとも地震国日本では倒壊の危険がありそうだ。

 なお本展は井上雄彦とのコラボと言うことで、彼の手によるガウディのイラストやインスパイアされた作品なども展示されていたのだが、これに関しては展覧会として意味があったのかは少々疑問。やや高すぎるように思われた本展の入場料と共にいささか不満の残った点である。


 やはり何度来ても成金ヒルズは苦手だ。ところでこの一個連隊のドラえもんは何なんだろう?

  

 この日は北千住のかつやでカツ丼を夕食にすると、そのままホテルに帰って明日に備えて就寝するのであった。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝もギュウ詰めの社畜運搬車で神谷町へ。東京の人間はよく毎日こんな理不尽に耐えていられるものである。何となくひきこもりのおかしいのが増えてくるのも分かるような気がする。私ももし東京に住んでいたら、その内に会社に出るのが嫌になりそうだ。

 

 

〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆

 

 

 午前中の仕事を終えると、今日も昼休みの気分転換に灼熱地獄に繰り出す。確かホテルオークラで美術関係のイベントがあったはず。私のような赤貧プロレタリアートは一生宿泊することなどないだろうホテルである。


「日本の美を極める 近代絵画が彩る四季・花鳥・風情」ホテルオークラで8/31まで

 個人や企業などが所蔵する美術作品を集めてチャリティーイベントということで展示している。展示作は近代日本絵画芸術作品であるが、ジャンルは日本画から洋画まで幅広い。風景画・花鳥画・美人画などのようにジャンルを分けているが、横山大観など蒼々たるビックネームの作品が並んでいるので非常に堪能できる。

 その中で個人的に印象に残ったのは山本春挙の「富士二題」。富士を題材にした双幅なのだが、この集落を描いたものが明らかに構図としてはおかしいのにもかかわらず、富士の存在感が圧倒的で押されてしまった。

 これ以外にも上村松園、島成園、北野恒富の美人画や、東山魁夷の風景画など興味を惹かれる作品が多々。なかなかにレベルの高い展覧会であった。


 

 

〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆ 〜〜〜☆

 

 

 気分を変えてきたところで再び6時までみっちりと仕事である。疲れ切ったがようやくこれで解放される。これからはフリータイムだ。とりあえず再びあの成金ヒルズへ。


「ゴー・ビトゥイーンズ展 こどもを通して見る世界」森美術館で8/31まで

 

 世界各地のアーティストが、子供を通して世界を表現した作品を展示。

 冒頭に展示されているのは、アメリカの移民の子供達や日系人強制収容所の様子などの写真。移民の子供達などは貧困で劣悪な環境に置かれていることが明らかなのだが、それでも子供の瞳というのは力を持っている。収容所内の子供達も同様である。

 また在日韓国人アーティストの自身の家族を題材にした作品や、中国人アーティストによる国際養子縁組の親子を題材にした作品などは、国籍などのアイデンティティーをいとも簡単に飛び越える子供の姿を示していた。個人的にはこれらの作品を見ていると、国籍というたった一つのアイデンティティーに固執して、何とか他人を見下すことで自己のステータスを保とうと必死なレイシスト達が哀れになってくる。

 後半は子供の目から世界がどう映るかという点に注目した作品が多い。子供は当然のように大人とは違った観点から世界を眺めているので、大人からは奇異にも新鮮にも思えるような視点が出てくる。またそういう子供のインスピレーションに刺激された大人の作品もある。個人的にはウォン・ソンウォンのコラージュによる架空の風景シリーズは、私が今でもよく見るタイプの夢のイメージにそっくりで、妙に共感を覚えずにはいられなかった。


 ヒルズ展望台はなぜかポケモンのイベント開催中。夜景を眺めようとすれば下からピカチュウの尻を見上げることになる。なお会場内ではポケモンの最新映画の予告などが流されていたが、今時はたかがポケモンでもこれだけのCGを駆使できるようになったのかと感心。これだけのことがあのセラムン全盛期に可能なら、あの作品の完成度ももっと上がったのにと残念な気持ちに。

 巨大ピカチュー

 それにしても疲れた。仕事で精神的に疲れたところに、やはりこの成金ヒルズは精神的ダメージを倍加させる。一面がバリアの床のダンジョンのようなものである。赤貧プロレタリアートを寄せ付けないための結界でも張り巡らしているのだろうか。用件を済ましたのならさっさと帰るか。

 

 この日の夕食は南千住に戻ってから「そば処更級」「カツ丼セット(900円)」。更科そばが意外にうまく、典型的な普段使いに最適な店。この界隈にはこういう店が普通にある。やはり私にはこういう町の方がホームグラウンド。

  

 

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は8時前までゆっくりと眠る。今日は一日フリータイム。せっかくだから東京地区の美術館を回りまくる予定。ただいささか心身の疲労が溜まっているのと、今日も相変わらずの灼熱地獄が予想されるだけが気がかり。

 

 ホテルをチェックアウトしてからまずは東京駅に出向いてキャリーをロッカーに入れておく。さてこれからの予定だが、まずはセオリー通りに一番遠い美術館に出向くことにする。


「オルセー美術館展 印象派の誕生−描くことの自由−」国立新美術館で10/20まで

 オルセー美術館のコレクションから、マネを中心にモネ、ルノワール、ドガ、セザンヌなどの印象派の作品、さらに同時代のコロー、ミレー、クールベの作品などを集めた展覧会。

 展示作品は印象派作品だけでなくアカデミズム絵画も含んでいるので、これらを並べて鑑賞するなんて場合もある。ただこうして眺めると当時印象派の作品が「未完成の絵画」と酷評された理由が妙に頷けてしまったりするのである。実際にアカデミズム絵画の緻密な筆致と比較すると、印象派の絵画の筆致はいかにも荒くて未熟にも見える。

 もっとも彼らの目指していたところはそんなところでないのは自明のことである。距離を置いて眺めたら薄暗い色彩に沈んでしまうアカデミズム絵画と違い、印象派の絵画は一転してキラキラとした輝きを帯びるわけである。マネの作品などはこの傾向が明らかで、本展の目玉となっている「笛を吹く少年」にしたところで、あまりににじり寄って見過ぎると筆致の粗が見えてしまうだけである。

 印象派の名品が目立つところだが、個人的にはミレーなどのバルビゾン系の絵画になかなかに惹かれた。またアカデミズム系の絵画にも意外に秀品あり。なかなかに見応えのある展覧会であった。


 私が入場したのは10時の開場直後のタイミングだったのだが、平日にもかかわらず既にこの時点で結構大勢が入場していた。とりあえず入口付近が一番混雑するのは明らかなので、まずはそれをすっ飛ばして先に進み、後で戻ってくるといういつもの見方。おかげで結構ゆっくりと鑑賞することは出来た。

 

 なお本展の図録を購入すると、本展主催の日本テレビが同じく主催している江戸東京博物館での「思い出のマーニー展」の招待券がついてきた。この展覧会は行くつもりはなかったのが、どうせだから立ち寄ることにする。早速頭の中で今日の行動プランを練り直し。

 

 乃木坂から表参道で地下鉄銀座線に乗り換えると、これで次の目的地である上野を目指す・・・つもりだったのだが、途中で新橋に来たところで急遽思い立って途中下車する。どうせ通りかかるならこちらを先に行こう。

 

 ここを訪れるのは初めてなのだが、汐留ショールームの4階の一角にある小さな展示コーナーという印象。


「建築家ピエール・シャローとガラスの家」パナソニック汐留ミュージアムで10/13まで

 

 ピエール・シャローは1920〜30年代にかけてパリで活躍した家具・インテリア・建築のデザイナーである。

 彼のデザインは簡潔な曲線と直線を組み合わせた機能的なもので、当時主流となっていたアール・デコの様式を代表するものである。彼のデザインした機能的で過剰な装飾のない家具などは今日でも古い感じがせず、むしろ未来的なようにさえ思える。

 場内では彼が設計したガラスの家がビデオで紹介されていたが、アパルトマンの低層階をスッポリとガラスの壁にしたその斬新な建築は、単に奇をてらったわけではなくて十二分に機能的に設計されており、過去の作品と言うよりは私の目には近未来的な建築に見えた。一世紀近く前にこの先進性は驚くべきことのように感じられる。


 ここまで来たのなら、上野に向かうよりも地下鉄汐留から両国に直行するのが効率的である。それにしても最近になってようやく東京での各地域の配置がイメージできるようになってきたが(新宿は西の方で、その南に渋谷があるとか)、未だに地下鉄網については把握できていない。東京を回る時は地下鉄路線図が必需である。

 

 両国には10分ちょっとで到着。博物館に裏口から入る形。ただそろそろ昼時なので腹が減ってきている。会場に入る前に博物館内の喫茶「茶ら良」「肉うどん」を軽く昼食に頂くことにする。

 

 うどんでホッとしたところでついでに喫茶。「宇治金時」を頂く。生き返る・・・。

 軽く腹を満たしてクールダウンも完了したところで会場に入る。


「思い出のマーニー×種田陽平展」江戸東京博物館で9/15まで

 

 思い出のマーニーの舞台設定を手がけた美術監督である種田陽平氏が、アニメの中に出てきた世界を立体で再現した展覧会。

 こうして実際に立体で再現されると、あの作品の舞台がかなり緻密に設定されていたということがよく分かる。映画を楽しめたものなら、テーマパークのアミューズメント的に楽しめる企画である。


 それにしても暑い。外に出るだけでへばりそうだ。その灼熱地獄の中を上野に移動。上野はいつ来ても人が多い。


「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」東京国立博物館で9/15まで

 

 中国歴代の文化財を所蔵する台北國立故宮博物院のコレクションから代表的な作品を展示。

 やはり圧巻は工芸作品であろう。とにかくその手芸の緻密さには圧倒されるしかない。本展の代表作として紹介されている人と熊が組み合っている像(私は金太郎を連想してしまうが)などは、通常は白い石で彫りだした作品と黒い石から彫りだした作品を組み合わせたと考えるが、実は一つの石の黒い部分と白い部分を使って彫りだしているのだとか。生憎と私の訪問時には既に展示が終わってしまっていた翠玉白菜なんかも同様である。よくもまあここまでと唸るしかない。

 これ以外で印象に残ったのは、北宋の宮廷用に作られたという青磁。雨の後の透き通った空の色が理想と表現されていたが、私がイメージしていた青磁の色よりも遙かに透明感の高い明るい青色が美しい。これを見てしまうと、一般的な青磁の色はくすんで重苦しく見えてしまう。

 とにかく陶器にしろ、絵画にしろ、手のかけ方が半端ではない。超絶技の連続にひたすら圧倒されるのである。歴史的背景とか云々抜きに単純に楽しめる。


 さてこれで予定していたスケジュールの大部分は押さえた。後は立ち寄るべき展覧会は三菱一号館美術館で開催中の「ヴァロットン展」。ただ今は2時過ぎだからこれで終わるには少々早い。これ以外というと、東京都美術館の古代エジプト展は神戸に巡回があるのでその時で良いし、国立西洋美術館の指輪展は興味がない。東京国立近代美術館の現代美術展はそもそも興味が薄い上に来年に京都国立近代美術館に巡回するのでその時で十分、BUNKAMURAのだまし絵展も兵庫県立美術館に巡回があるのでその時で十分。世田谷美術館のボストン美術館展も京都への巡回の時に行くつもりだし、サントリー美術館のボヘミアングラスも神戸に巡回がある。こうして考えていったところで残ったのは幕張メッセで開催中の「宇宙博」。今から海浜幕張に直行して閉館の5時までには十分に見学できるだろうし、どうせ閉館まではいないだろうから、とんぼ返りしてきたら三菱一号館美術館の閉館の6時までに何とか間に合うことも可能だろうと計算する。

 

 東京で京葉線に乗り換えて海浜幕張を目指す。それにしてもいつものことながら、京葉線の東京駅はなんでこんなに遠いんだ。実はそもそもは隣の駅だったという話も聞いたことがあるが、東京の乗り換えはこんな調子のとんでもないのが多い。また京葉線はネズミーランドに向かう浮かれた親子連れやカップルが多いのであまり好きな路線ではない。

 

 ようやくたどり着いた海浜幕張駅は灼熱地獄の渦中にあった。会場は幕張メッセ国際展示場10・11ホールだが、これが駅から結構ある上にコンクリートジャングルで風もなければ地面からの照り返しも強くて地獄感満開。やはり私はこの手の埋め立て地とは相性が悪い。会場に到着した時にはかなり疲労していた。

 会場到着時はちょうど3時。券売所の前には行列があるが、これでもピーク時なんかとは比較にならないぐらいガラガラなんだろう。これからの時間は平日には夕涼みチケットなる廉価版チケットがあるらしい(閉館時間が近いから割引ということのようだ)。それはありがたいが、実際は夕涼みとはほど遠い会場なのだが・・・。


「宇宙博2014」幕張メッセ国際展示場10・11ホールで9/23まで

 

 NASAやJAXAが取り組んできた宇宙開発の歴史を貴重な資料やレプリカなどで紹介する企画。

左 月着陸船の操縦席  中央 月面車  右 マーキュリー宇宙船

左 アポロ司令船  中央 操縦席  右 スペースシャトルの操縦席

 アポロ司令船の操縦席の実物大模型やISSのきぼうモジュールの実物大模型なども展示されているが、とにかくどれも結構狭いというのが印象で、宇宙飛行士の資質として一番重要なのは「閉所恐怖症がない」ということではないかと感じられた。

左 はやぶさ  中央 4つのイオンエンジン  右 小惑星イトカワ

左 実験モジュールきぼう  中央 内部  右 若田さんらのサイン

 これ以外でも火星探査用の無人探査車やはやぶさの模型など、宇宙開発のスター達が目白押しで、とにかく純粋に好奇心を刺激される展示である。

左 ISS  中央 アメリカ民間企業が開発中の宇宙船・ドリームチェイサー  右 火星探査車キュリオシティ


 主催がNHK及び朝日新聞社なので某「宇宙兄弟」とは一切関わりがないにもかかわらず、会場のあちこちに彼らの影を感じずにはいられなかった(そもそも劇場版公開のこの時期に合わせてくるということ自体が・・・)。実際、展示されている月面車を見ながら「あっ、日々人が乗ってたやつ!」と叫んでいる子供もいたし、ムッタがどうこうなんて言葉もどこかから聞こえてきたりしていた。私も会場を回っていると、なぜかあのテーマ音楽が頭の中を流れた次第。

 

 結局は何だかんだで1時間半ぐらいは会場にいたことになる。また見事に物販に乗せられて、海洋堂の宇宙博フィギュアを大人買いしてしまった。これはJAXAのアピールのみならず、ビジネスとしてもかなり成功してるわ・・・。ただ夢として宇宙飛行士を目指すのは良いが、実際には宇宙が好きというだけではなかなかなれませんから。若田さんも「宇宙を目指すなら、とにかく何かの分野の一流の専門家になるのが近道」と言ってたし、ハードルはかなり高いです。まあ私などは知的用件の前に身体的用件で完全に無理ですが・・・。

 気がつけば海洋堂フィギュアを大人買い

 海浜幕張から折り返すと、最後の目的地へ。現地に到着したのは5時過ぎだった。


「冷たい炎の画家 ヴァロットン展」三菱一号館美術館で9/23まで

  

 ヴァロットンはナビ派に属する画家と分類されるが、本展を一見したところでは非常につかみ所のない画家である。色彩を平面的に塗り分けるのがナビ派の一般的な特徴だとすると、確かにヴァロットンの陰影が強調して形態を単純化した初期の作品はナビ派の特徴を顕著に現している。

 ただヴァロットンの作品の場合、そこにさらに強烈な違和感というか、疎外感というかが常につきまとっており、何やら見る者に不安感を抱かせるようなところがある。クールなエロティシズムとも評される彼の裸体画には、その違和感や矛盾が覿面に現れている。なお彼の女性に対するこのようなスタンスは、妻との不仲も反映しているとか。

 その画風がまた晩年に変化する。晩年には彼は質感の表現にポイントを置くようになったとのことだが、この時期の絵画は初期の平面的な作品と異なり、妙に生々しい。私が驚いたのは臀部のアップを描いた習作。まるでそこにあるかのような立体感までが現れていて圧倒された。

 とにかく最後の最後までつかみ所のない画家という印象に終始してしまった。個人的に言えば、好きか嫌いかというよりも、苦手というのが正直な感想である。


 展示を見終わった時には閉館時間間近の6時前であった。後はこのまま帰宅。異常に体が疲れていると感じたが、この日一日で2万3千歩以上を歩いていた。この状態でギュウ詰めの新幹線で帰るのは嫌なので、溜まったグリーンポイントでグリーン車で爆睡しながら帰ることに相成ったのである。

 

 

戻る