展覧会遠征 香川・祖谷編

 

 どうも最近の雨でお籠もりが続いたせいで、心身共に不調である。このダメダメ感を打破するには、やはりこの週末は遠征に出かけるべきと目的地の選定へと入った。日帰りで行ける距離となれば自ずと対象は限られる。最近は岡山方面の遠征が連続していたし、ここはさらに足を伸ばして四国に上陸することを考えた。

 

 四国方面と言えば、以前の四国遠征の際に体力切れで訪問を断念した勝賀城が宿題として残っている。また重伝建の東祖谷なども未訪問のまま。さらにこの度、高松市美術館で損保ジャパン東郷青児美術館所蔵のグランマ・モーゼスの作品が展示されるとの情報も入ってきた。これで美術館遠征の目的もありということで計画は決定された。

 

 出発は土曜の早朝。夏の疲労がまだ残っていて、若干身体がだるい状態での出発である。山陽道を西進してまずは瀬戸大橋を目指す。途中で明からさまに朦朧運転のトラック(追い越し車線を占拠したまま低速でフラフラと走っている)に遭遇するなどというアクシデントはあったものの、無事に四国に上陸する。

 

 高松西ICで高松道を降りると勝賀山を目指して北上する。やがて正面になだらかな山容の勝賀山が見えてくる。最初はその勝賀山東山麓の奥津神社を目指す。「勝賀城」は中世にこの地の豪族の香西氏が築いた城であるが、その香西氏の居館があった場所が今では奥津神社になっている場所であるという。香西氏は普段はここで領地を治め、有事の際には山上の勝賀城に籠もったらしい(中世には良くあるパターン)。なお香西氏は後に長宗我部の侵攻に備えて藤尾城を築いてそちらに移転、その後に香西氏は長宗我部と和議を結ぶ(早い話が降伏したと言っても良い)ものの、今度は秀吉の四国征伐にあうことになって香西氏は歴史の表舞台から姿を消してしまう。

 勝賀山の山容

 奥津神社は住宅地の中にある小さな神社で、遺構らしきものは特に残っていない。ただここまで行くと勝賀城の方向を示す小さな案内看板が出ているので、それに従って果樹園の中の農道をひたすら登っていくことになる。

 道はこの幅

 案内看板に従っていくと問題なく登城路の入口に・・・のはずだったのだが、ここで大間抜けなトラブルを起こしてしまった。登城路の入口らしきところにやってきたのだが、動物除けフェンスがあまりに厳重に閉じられていたので、「ここではないのか?」と考えてさらに先に進むもうとしてしまったのが大間違いだった。途中でとても車で進むのは無理と判断してバックで戻ることになったのだが、その際に道路脇の水路を見落としてそこに後輪を脱輪、後ろのバンパーを損傷する羽目になってしまったのである。

 

 車には「山城巡りの勲章」を付けてしまうし、巨大な虻にはたかられるしと惨々な状況で駐車場に戻ってくると、厳重な動物除けフェンスを開けて(どうも私は最初の時には知能が猿以下に低下していたらしく、なぜか開け方が分からなかった)本来の登城路を登ることにする。なお私は虻を見たのはこれが初めて。最初は蜂かと思ったのだが、よく見ると図体が蠅に似ていることから虻だと分かった。果樹園だったから虻が多かったのだろう。こうして眼にすると「虻蜂取らず」という諺の意味が何となく実感できる。なおこの諺で虻も蜂も捕れなかったのは蜘蛛である。人間はこんなものどちらも捕りたくない(笑)。人間の立場からすると「二兎を追う者は一兎をも得ず」の方がピンとくる。

 

 登城路はかなりキツイ直登の道。先に誰かが登ったのか道の周辺の薮化がひどい割には蜘蛛の巣が比較的少なかったのが救いだが、山道自体は相当キツイ。所々は手も使わないとやばいような箇所もあり、軍手を持参しなかったことを失敗だと痛感した。またもしこの道で雨に遭うと進退窮まる可能性がある。傘をさすことなんて論外だし、そもそも足下が滑って危なくて進めなくなるだろう。今日は空模様が怪しいので今後の天候次第では「勇気ある撤退」も考慮しつつ先を急ぐことにする。

左 登城路入口  中央 畑の脇を抜けて登る  右 鬱蒼とした急斜面

 ふくらはぎが攣りそうになった頃にようやく小さな平地に到着する。猫びたいとの案内看板が立っているが、恐らく番所のようなものでもあったのではないかと思われる。

  

猫ひたいはかなり狭い

 ここまででも相当きつかったのだが、残念ながらまだまだ本丸までの中盤と言うところ、滑りやすい足下に気を付けながらここからさらにヘロヘロになって登り続けると巨大な岩のあるところに到達。そこを抜けてさらにしばし登るとようやく城の本体に到着である。

左 岩場  中央 この辺りからの眺望  右 ようやく虎口のようなものが

 本丸へは土塁を突っ切ってまっすぐ進むようになっているが、どうもこれは本来の登り口ではなくて後世につけたショーカットコースのように思われる。本丸の大手口はちょうど反対側にあるので、本来はそちらに回らせるようになっていたと推測される。

  

本丸へは一直線に登れる

 縄張り図

 本丸は草が刈られて人の手が入っている。城跡碑の脇には登山者ノートなんかも置かれているが、どうやら地元では体力づくりのためにここに登るのが一つの定番のようだ。今は山上に全く人気がないが、やはり私が登る前の早朝にも誰かが既に登っていたのかも知れない。

本丸風景

  

左 城跡碑       右 大手口

 本丸は平坦に削平されていて、回りは土塁で囲まれている。往時にはこの内部に建物などもあったろう。周囲の土塁に大手口ともう一カ所入口が開いているのもよく分かる。本丸奥には二の丸があるようだが、そちらは手が入っていないらしくて薮化して鬱蒼としている踏み入る気になれない。

左 二の丸らしきところは完全に薮  中央・右 本丸周囲の薮は帯曲輪か

 本丸大手口から出て奥の方向に向かって歩いてみたのだが、二の丸、三の丸共に鬱蒼としていて素人の私には状態が把握しにくい。分け入って入り込むには薮が深すぎてためらってしまうし、一段と怪しさを増してきた空模様が気をせかせる。結局は一周して再び大手門から本丸に戻ってくる。

大手口から先に回り込んだが鬱蒼として何が何やら

 なかなかの城郭であるからもう少し手入れされていれば良いのだが・・・。それが少々残念。強者の城マニアの方々なら薮もものともせずに進んでいくのだろうが、私にはそれだけのパワーがないし、また単独行動であるために何かあった場合に対処できなくなるので、どうしても行動は慎重を期する必要があり薮に踏み込むのはためらってしまう。

 

 とりあえず雨になる前に下山することにする。復路は往路に比べると体力的なつらさは比べるべくもないが、足下が非常に滑りやすいので精神的にかなり消耗する道程となった。そしてようやく登城路のかなり下まで降りてきた頃には予想通りに雨がぱらつき始めたのである。車で山麓まで降りてきた時にはかなり本格的な降雨になっていた。間一髪である。運が良かったと言うべきか。

 

 さて次の目的地であるが、このまま高松市美術館まで走ることにする。ここから美術館までは10分少々程度の距離である。

 


「グランマ・モーゼスと近代絵画」高松市美術館で10/14まで

 損保ジャパン東郷青児美術館が所蔵するグランマ・モーゼスの作品25点に加え、同館所蔵の東郷青児の作品やルノワールなどの近代絵画の作品を展示する。

 独学で75歳から絵画を描き始めたというグランマ・モーゼスはルソーなどと共に「素朴派」の代表画家に挙げられる。その画風はまさに「素朴」そのもので、技巧的なところはなく一見したところ明らかに素人絵画なのだが、それにもかかわらず独特の魅力を持つといういわゆる「へたうま絵画」である。

 特別な技巧は駆使せず、技術的には稚拙と言っても良いような絵画なのであるが、それでもよく見るとかなり描き込みがあるのは分かる。彼女は元々は刺繍をやっていたらしく、本展ではその頃の作品も展示されている。高齢になって刺繍が難しくなったことから彼女は絵を描き始めたらしいが、確かに刺繍の糸を並べるような感覚で絵具を並べているのがよく分かる。その結果として明るい楽しげな画面になっており、それが描かれる田園風景と相まってどことなくこころ安らぐ魅力ある作品となっている。

 損保ジャパンのグランマ・モーゼスコレクション(国内最大規模)を一望できるという点で非常に価値のある展覧会。素朴派に興味があるなら訪問の価値あり。私は堪能した。

 さすがに損保ジャパンの看板のこの二点は来てません。これはパネル

 これで美術館見学は終了。祖谷に向かうことにする。途中で丸亀製麺で昼食を摂ると、高松西ICから再び高松道に乗って高知自動車道へと乗り継いで南進する。いくつもトンネルを抜ける険しい道を大豊ICまで進むとそこから国道32号で東進する。

 

 この道は大歩危・小歩危などに通ずる道である。道路はよく整備されているが、谷間のワインディング道路で横は大歩危などに通じる急流。凄まじい光景の中を走ることになる。

 

 大歩危の手前で右折すると県道45号、県道32号を進むことになるが、この道路は観光道として整備はされているものの、傾斜もカーブも本格的に厳しい難路である。しかもかずら橋を過ぎた辺りからは車のすれ違い不能箇所が多々ある難路になる。この道路を説明するなら1.5車線という言葉を使うしかないが、それは全区間が1.5車線という意味ではなく、2車線の部分と1.0車線の部分が混在しているという意味での1.5車線である。しかもこの道をバスやトラックも通行する。自分の車幅が分かっていない下手くそや、相手に道を譲ると死んでしまうという馬鹿は絶対に立ち入るべきではない。またエンジンブレーキをうまく使わずにブレーキ踏みっぱなしという下手くそな運転をしていると、ブレーキ性能の悪い車だとブレーキが抜けてしまう可能性もありそう。

 

 とにかく山深いところである。祖谷は平家の落人が開いたという落人伝説があるが、確かにこんな山深いところに住むとなるとそのような背景のある人物ということは考えられる。四国には平家の勢力も強かったし、あり得る話ではある。

 

 かずら橋までは観光客の車も多いが、かずら橋を過ぎると東祖谷を目指す車は決して多くはない。国道439号に合流したところでトンネルをくぐる。そこからしばらく北上して東祖谷中学のところで落合集落に向かう道と展望台に行く道が分かれるので、とりあえず右折して展望台に向かう。展望台は落合集落の対岸の集落の中をかなり登ったところにある。駐車場もトイレも完備された施設だが、私の訪問時にはなぜか「水が出ません」とのことでトイレは閉鎖中。

 展望台

 ここから見ると山の斜面沿いに作られた落合集落の状況がよく分かる。耕して天に至ると言うが、こんな斜面に耕作地を開いた先人の苦労が偲ばれる。ただ、今の時代にここに住もうという者が果たしてどれぐらいいるか。そこが問題ではある。

 それにしてもこの山中の天空に至る都市というイメージはどことなく創作意欲を刺激される。作品中の舞台になる町のイメージとして使えそうな気が・・・。

藁葺き屋根などもあるが、意外と普通の家が多い

 落合集落を対岸から眺めたところで今度は集落の方に回り込んでみることにする。展望台をさらに先に進んで山を降りると橋で対岸の国道439号線に渡れるので、そこから落合集落の方に走ってみる。しかし車の中から見た落合集落は斜面の多い普通の村である。どこかに車を置いて歩いて散策すれば良いのだろうが、今日は雨も降っているしその時間も体力もないのでやめにしておく。

こうして走ると普通の村

 東祖谷の見学を終えたところで帰途だが、やはり帰る前に定番観光地は立ち寄っておくことにする。往路の途中で通過したかずら橋に立ち寄る。かずら橋自体は観光用につくられた吊り橋で、通行料500円というのはやけに高い気もするがまあ目をつぶることにする。昔はかずらだけで作っていたようだが、さすがに今はそれでは万一の時の安全性云々が言われるのだろう。鋼鉄製のワイヤーが混ざっていることが近くでは分かる。なお足場がかなり隙間があり、そこから下が見えているのが恐怖感をそそる仕掛けになっており、高所恐怖症の人間は渡ることは困難とか・・・とのことなのだが、私は結構強度の高所恐怖症のはずなんだが、なぜかこの橋にはあまり恐怖を感じなかった。意外としっかりしていてわざと揺らさない限りはそう揺れもしないし(たまにわざと揺らす馬鹿がいるらしいが)。なお以前にも言ったことがあるが、なぜか私は下が水ならあまり恐怖を感じないらしい(落ちたら水死確実の急流であるにもかかわらず)。

 一方通行のかずら橋を渡ると、近くの琵琶滝を見学してから売店で鮎の塩焼き(450円)頂く。なかなかに美味。

    

 途中で枇杷サイダーで一服。ほのかに枇杷の味のする落ち着く味。さて帰ろうかと思うと駐車場の料金は500円。これはいささかボッタクリである。近くの駐車場は大体300円表示だったのだが、今から思えばここだけは料金を表示していなかった。正直「やられた」という気持ち。

  

鮎の塩焼きと枇杷サイダー

 これで予定は終了だが、やはり帰る前に汗を流してサッパリしたい。近くには祖谷渓温泉があり、そこに秘境の湯という日帰り入浴施設があるので立ち寄る。秘境の湯の隣には祖谷渓温泉ホテルがあり宿泊も出来るようで、観光バスなどもやってきている。

 泡風呂やジャグジーなども備えた大きな内風呂と小さな露天風呂のある施設。露天風呂は気持ちよいが残念ながら眺望はない。泉質表を見るとナトリウムイオンと炭酸水素イオンが多く、炭酸水素塩泉のようだが、入浴すると非常にヌルヌル感の強い湯である。pHは記載していなかったがアルカリ性が強いのだろうか。いわゆる美肌系の湯で非常に快適。

 

 温泉でゆったりと汗を流したところでいよいよ帰途についたのである。ただやはりこの帰途は長かった。香川に立ち寄ってから祖谷まで日帰りでというプランにはかなり無理があったことは認めずにはいられない。また勝賀城は思っていたよりも険しく、翌日には両足がパンパンになってしまった。登りでふくらはぎが切れるんじゃないかと思うほど攣りかけたのもまいったが、想定外は下りでかなり足に負担をかけていたこと。翌日にダメージが来たのは太ももの方であった。

 

 かなりキツ目の遠征だったが、おかげで四国での宿題は解決である。また東祖谷の訪問で四国の重伝建は目下のところ(重伝建は毎年結構増えているので)残るは卯之町だけとなった。こちらは来年上旬で訪問の予定である。 

 

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