展覧会遠征 名古屋・京都編

 

 今週は名古屋へと繰り出すことにした。目的は愛知県美術館で開催される展覧会。ただ名古屋までわざわざ繰り出すとなるとそれだけというのは勿体ない。そこでついでにいろいろと盛り込んだ一泊遠征とすることにした。

 

 出発は土曜日の早朝。当初計画では車での遠征も考えたが、名古屋市内の移動だと車はかえって邪魔になること、この時期の名古屋方面は積雪リスクがあることなどから鉄道を利用することにした。かつては青春18切符で在来線を乗り継いで・・・なんてこともしたが、今はそんな気力も体力も既にない。そして金は惜しいが時間も惜しい。名古屋まで一気に新幹線で移動する。

 

 名古屋駅からは地下鉄東山線に乗り換える。とりあえず地下鉄と市バスが乗り放題のドニチエコ切符を購入しておく。今回の名古屋遠征ではついでに地下鉄の視察も終えてやろうという考え。私は鉄道マニアではないはずなんだが・・・。それに地下鉄の視察ほど空しいものもないのだが。

 東山線で一気に終点の藤が丘まで移動する。ここでリニモに乗換である。地下鉄東山線は上社から地上に出るので、藤が丘駅は高架駅。ここでは地下鉄が高架で、高架を走るリニモの駅が地下にあるという奇妙な構造になる。

地下鉄藤が丘駅でリニモに乗り換える

 リニモ自体は今まで何度も乗っているが、トヨタ博物館のある芸大通までしか乗ったことがない。今回は終点まで乗車する。途中で愛地球博の会場跡も通るが、この辺りは丘陵地。それにしても自然の森を破壊して、自然との共生を謳う博覧会を開催するということの矛盾。

沿線風景

 終点の八草では愛知環状鉄道に乗り換える。八草駅は構内のトイレがないのでわざわざ外までいかないといけなかったが、列車が到着したら車内にトイレがあった・・・。

八草駅で愛知環状鉄道に乗り換え

 愛知環状鉄道で北上、終点の高蔵寺でJR中央線と合流する。ここからJRで名古屋に戻っても良いが、どうせだからゆとりーとラインに乗ってみることにする。ゆとりーとラインとは専用高架軌道を通るガイドウェイバスで、通常道路では普通のバスで、高架軌道上では新交通システムのように走行するシステム。バスは駅前から出ているが、一見したところ全く普通のバス。実際に小幡緑地まではごく普通の市バスである。

左 一見すると完全に普通のバス  中央 最初は道路を走る  右 小幡緑地から高架軌道へ

 小幡緑地からは高架軌道に入る。ここの入口でバスの両脇から小さな車輪のようなものが出てくる模様。軌道上に入ると運転手はハンドルから手を離してアクセルとブレーキの操作のみとなる。バスの機動性と列車の定時制を両立させるシステムということだが、都会における道路の渋滞を避けられる以外にはさして大きなメリットがあるシステムとも思えない(大都会においては確かにこのメリットは小さくはないが)。

左 高架上では運転手はハンドルを操作しない  中央 バスはレールに沿って走る  右 これがガイド車輪

 終点の大曽根からは地下鉄名城線で移動となる。名城線と言えば平安通−金山間は今まで惨々乗車しているが、反対側は回ったことがない。と言うわけで平安通まで移動してから、あえて時計回りで栄を目指す。名城線は平安通から離れるに従って乗客が減り、金山手前で再び乗客が増えるというパターン。名古屋の中心がどこか分かるようである。

 ようやく栄に到着。何やらこの時点でもう既に虚しさに取り憑かれている。しかしここは目的地である。ただその前に昼食を摂ることにする。昼食に何を食べるかは遠征前から決めている。やはり名古屋と言えば味噌煮込みうどん。中日ビルの地下にある「山本屋本店」に立ち寄ることにする。

 

 昼時のためか行列が出来ておりしばし待たされる。10分程度待ってから入店。「名古屋コーチン入り味噌煮込みうどん」を注文する。

 そこからまたしばし待たされる・・・のだが、どう考えても待ちすぎである。それによく見ていると明らかに私よりも遙かに後から入店した客の方が先に料理が出ている。これはおかしいぞと思い始めた頃に店員がバタバタと騒ぎ出したと思ったら、私のところに注文を聞きに来る。なんと私の注文が通っていなかったとのこと。これからすぐに作るという。

 

 正直なところこちらのはらわたが味噌煮込みになりそうだったが、とりあえずはグッと押さえて怒りのそぶりはあえて出さないことにする。確かに不愉快ではあったが、こういう不愉快な出来事は次に愉快な出来事がある予兆と考えることにしよう。私も大人になったのか、それともただ単に年を取っただけなのか。これが学生時代などなら、ぶち切れて「こんな店二度と来るか」と言い残して立ち去ったところである。ただしこれでこの店の印象が極めて悪くなったのは事実である。次に名古屋に来る時には山本屋総本家の方に行くか。

 

 紆余曲折はあったが、どうにかうどんにありつける。腰が強いのではなく中に芯の残った堅い麺、渋みのある赤味噌の出汁、いかにも典型的な名古屋の味噌煮込みうどんである。特に関西人にはこの堅すぎる麺を許せないという者もいるが、私はこれが食べたかったのが本音。ただ名古屋の料理は全般的に関西のような繊細さがないというのは、関西人としては強く同意する。

 

 とりあえず昼食を終えたが、単にうどんを食べるだけで1時間半近くもかかってしまった。もうこの時点でスケジュールは完全崩壊である。頭の中でスケジュールの組み直しをしつつ目的地へと急ぐ。

 


「クリムト 黄金の騎士をめぐる物語」愛知県美術館で2/11まで

 

 世紀末のウィーンを代表する燦然と装飾的でどことなく甘美な非常に印象的な作品を残した画家・クリムトの展覧会。

 クリムトの作品を語る上ではずせないのが世紀末ウィーンを取り巻く状況だが、本展では同時代のウィーン分離派の作品などを併せて展示してあるので、当時のウィーンの進取の気風とその一方の退廃的なムードを空気として感じることが出来る。

 父が金属加工職人だったクリムトの芸術はそもそもは工芸の分野から始まっており、それが後の彼の装飾的な作品の特徴につながっていると思われる。また本展では彼の初期の作品も展示されているが、もう既に卓越した描写力が現れており、後の彼の作品の形態を強く感じさせるものである。

 本展で印象的だったのは「ベートーベンフリーズ」や「ストックレーフリーズ」などの大型作品を復元していたことで、一部屋をまるごと飾る作品が、彼の作品の装飾性の強さを端的に示している。

 いろいろな角度からクリムトの芸術について体感できる展覧会である。わざわざ名古屋まで出向いてきた価値はあったというものである。

ストックレーフリーズの復元

 栄駅に戻ると、次の目的地の前に寄り道。栄から名古屋港行きの列車に乗り込む。乗客は終点手前の築地口で大半が降り、終点の名古屋港で降りる乗客はさして多くはない。また駅名から目の前に船でも見えるイメージを持っていたが、実際の周辺は臨海地域の公園の手前というイメージであり、一見したところ港の風情はない。

名古屋港駅

 再び地下鉄で折り返すと、金山から名城線で新瑞橋まで移動、そこから地下鉄桜通線に乗り換えて終点の徳重を目指す。桜通線の車両はラインカラーの赤に合わせた配色になっているが、それ以外は別段他と変わるところがあるわけではない。終点の徳重は郊外のショッピングセンターのようなものとバスターミナルがある。なおこの時に東の方から雪雲らしき灰色の雲が迫ってきているのが気になる。

徳重駅

 徳重で折り返すと終点の中村区役所まで、これで桜通線は視察完了。この路線も基本的には名古屋−栄間が異常に混雑する路線である。

 名古屋まで折り返すとここで東山線に乗り換えて西の終点である高畑を目指す。この路線は近鉄乗換駅である八田での降車が多く、終点の高畑までの乗客はそう多くない。なお高畑で地上に上がると外は猛吹雪であった・・・。

  

高畑駅で降りると外は猛吹雪だった

 さてようやく虚しい地下鉄乗りつぶしもラストである。東山線で折り返して伏見で今度は鶴舞線に乗り換える。鶴舞線の豊田市方面は今まで何度も乗車しているので、今回は上小田井までの移動。地下鉄は上小田井で名鉄犬山線と相互乗り入れしている。上小田井駅は地上駅であるのでその手前で地上に出るが、この時点では雪は見られなかった。なお乗客のほとんどはそのまま犬山方面の列車に乗り換えである。

  小田井で視察完了

 これで名古屋地下鉄完乗。やはり鉄道マニアではない私の胸には虚しさしか残らない。それならなぜそんな無駄なことをするんだという声が聞こえてくるような気がするが、それについては「そこに線路があるから」としか言いようがない。

 

 今日の宿泊予定地は伏見なので後は鶴舞線で折り返すだけだが、その前に夕食を摂ることにする。これも昼食同様に既に予定は決めてある。目的地は浄心の「しら河」。やはり名古屋で食事をするとなったら、まともなものは味噌煮込みうどんとひつまぶしぐらいである。注文したのは「ひつまぶしセット(3000円)」

 まず最初に出てくるのが豆腐とうまき。しっかりした豆腐がなかなかにうまい。

 次に真打ち登場である。定石通りにまずはストレートで。パリパリとした風味の鰻は西の鰻の真髄。東の鰻の特徴が箸で崩れるような柔らかさなら、西の特徴はこのパリパリした歯触りである。思わず「あぁうまいな・・・」という言葉が口から出る。

  

一杯目はストレートで

 二杯目は薬味を入れて。これはさらに味が引き締まる。そして三杯目がうな茶である。これはまさに日本人の知恵を感じる食べ方。これはたまらない。そしてさらにうな茶で四杯目。

  

二杯目は薬味を入れて、三杯目はうな茶で

 堪能した。やはり名古屋に来たらこれを食べなければ嘘である。明らかにカロリーオーバーであるが、今日一日で1万3千歩は歩いているのでこの程度は許されても良いだろう。もっとも気になるのは明らかに栄養が炭水化物に偏っていること。さすがにこれは気になったので、帰りにセブンイレブンで野菜サラダを買い込み、ホテルまでの移動の地下鉄ではあえて座らずに車内で気休めのように足踏み。しかしこれだと横から見ると挙動不審のオッサンである。もしくはトイレをこらえているように見えるのでは・・・。

 

 伏見で降りると今日の宿泊予定の名古屋クラウンホテルに移動する。名古屋市内で温泉付、さらには宿泊料金が安価ということで選んだホテルである。ホテルにチェックインするとまずは先ほどセブンイレブンで購入した野菜サラダをがつついて栄養バランスの辻褄合わせ。その後に温泉大浴場へと繰り出すことにする。

 サラダを腹に入れておく

 大浴場は内風呂に3人程度の小さな露天風呂がついているもの。温泉地の旅館のようなわけにはいかないが、名古屋にど真ん中で入れる温泉としては悪くない。ここでとにかく今日の疲れをじっくりと抜いておく。

 

 入浴後は部屋でマッタリ。このホテルの最大の難点はインターネット接続がないこと。そこでiphone5でテザリングを使用してPCをネット接続。ただこの場合の難点は、どうも接続が不安定で突然にネットにつながらなくなることがよくあること。どうも一定時間で勝手に接続を切って、その後に再接続を拒んでいるような節がある。一定時間アクセスがないと勝手に切れるというのはともかく、その後に再接続できなくなるというのはどういうことか。これはauの陰謀か? それともappleの不手際か?

 

 ちなみにPCでの作業はせPCに装着した無線LANを母艦にしてAir Displayをインストールしたipadをサブディスプレイにして使用している。今までPCでの作業ではディスプレイの狭さを感じていたので、これはなかなかに工合がよい。

 旅先でのデュアルディスプレイ環境

 夜が更けてきた頃にはおやつに持参したマービーのマンゴープリン(35キロカロリー)を頂いて、疲れが出てきたところで床につくことにする。

 夜のおやつはマービーマンゴープリン

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は6時に起床。まずは朝風呂を浴びに行くと、ホテルでバイキングの朝食となる。なかなか充実しているバイキングだが、今は朝からガッツリと食べまくるというわけにはいかないのがツライ。そこは頭の中でカロリー計算をしながら今日の活動を考えて普段よりやや多めの朝食とする。

 

 今日は名古屋は特に雪が降っていないが、東海周辺では積雪などがあるようだ。気になるは列車の時刻。それによっては今日の予定を変更する必要があるようだ。とりあえずホテルをチェックアウトすると名古屋駅へ。どうやら目下のところ名古屋着の西行きの新幹線は定時通りに到着しているが、大阪方面に到着する時刻については未定のようだ。

 

 新幹線の沿線は岐阜辺りから真っ白に。それと共に新幹線も明からさまに速度を落としての徐行運転となる。これは今日の予定を変更する必要がありそう。頭の中でスケジュールを組み直す。それにしても東海道新幹線は雪に弱い。これが東北新幹線だったらこの程度の雪なんてものともしないだろうに。

   沿線は真っ白

 京都駅に到着した時には10分以上の遅れとなっていた。やはり当初に想定していた計画は無理があるのでプランを変更する。まずは市バスの一日乗車券を入手すると、清水寺に向かうことにする。

  

 清水坂でバスを降りるとここからひたすら登り。これは結構な運動になる。土産物屋街などを抜けつつかなりの高さを上がったところで清水寺に到着である。そう言えばここに来たのは小学校の遠足以来。絶壁に建っている寺院が壮観。思い切ることを「清水の舞台から飛び降りる」などと言うが、実際にそれをやったら単なる飛び降り自殺である。

 舞台の奥には縁結びの神社などもある。ここには縁結び石があって、目をつぶったまま片側の石からもう片側の石までたどり着けると恋が叶うとか。しかし私は今は若干低血糖気味なのか頭がフラフラしており、途中で迷走飛行になるのがオチなので止めておく(迷走してしまったら、そのまま私の人生の縮図である)。それにそもそもこんなものは若い女性などがやるもので、オッサンがやるものではない。

  

 本殿は残念ながら現在は工事中ということで見学できず。ここは現在は専ら清水の舞台の撮影ポイントになっている。カメラを片手の団体観光客(どうも中国人のよう)がゾロゾロと記念撮影中。

 寺院内をプラプラと一周散策した形になるが、ここは内部のアップダウンも結構あるので足にはなかなかキツイ。清水寺を頻繁に参拝していたら、少なくとも足腰が強化されるという御利益はあるであろう。

 

 清水寺を一回りした後は産寧坂あたりをウロウロ。この辺りは京都の重伝建地区である。非常に風情のある町であるが、一方で産寧坂は別名三年坂と書き、ここで転けると三年以内に死ぬという物騒な言い伝えもある。棺桶に両足突っ込んでいる身としては洒落にならないので、とりあえず足下には気を付けて歩く。しかし実際にはそんなに険しい坂でもなし、確かにここで転けるぐらいに足腰が弱っていたら三年以内に死ぬかもしれない。

 産寧坂からは二年坂を経由して高台寺の方面に抜ける。途中の茶店で茶団子辺りで一服したい気もするが、とりあえずそれはグッとこらえる。

 

 高台寺周辺からねねの小路を抜けるが、これが道と言うよりもどこかの庭先を抜けているような感覚で、この辺りはいかにも京都。やはり初心者には難易度の高い町である。

 清水寺周辺を回り終えたところで祇園で昼食を摂るためにバスで移動。しかし祇園の周辺に来たところでついに我慢できなくなり「京煎堂」に入店して「抹茶わらび餅」を食べる。

 清水寺周辺で茶団子や抹茶わらび餅、抹茶生八つ橋に抹茶ケーキなどの抹茶攻勢に惨々苦しめられていたので、濃厚なお茶の風味がホッとする。まあ今日はかなり歩いているからわらび餅ぐらいなら許容範囲だと考えることにする。

  

 茶店で一服の後は祇園に向かう。祇園は以前にも訪問したことはあるが、とにかく観光客が多い。ただその合間を縫って狭い道路を多くの車が通り抜けるのは何とかならないのか。それと近くにある場外馬券売り場がいかにも違和感を放っている。こういう秩序のなさが京都の観光都市としての致命的弱点である。

 かつての茶屋町の佇まいは今でも残っている。この地域はいわゆる典型的な町家形式が見られる地域で、とにかく建物が奥に深い。ちなみにこの町内に佐川急便の営業所もあるのだが、ここは町並みに合わせて佐川の原点に戻っての飛脚様式になっている。

 飛脚の原点に戻った佐川急便

 祇園をプラプラとしている内に11時半になったので昼食を摂ることにする。向かったのは「十二段屋」。私が到着した時にはもう既に開店待ちの行列が出来ている。私が到着して数分とせずに開店となる。

 この店は大えび天丼などで有名だが、そもそもはしゃぶしゃぶ発祥の店として知られている。となると肉料理か。しかしカロリーが・・・。メニュー選定は惨々悩んだが、もう毒食わば皿までの心境で「牛すき鍋定食(2200円)」を注文する。

 いかにも高級な牛肉が登場するのがうれしい。とりあえず牛肉が煮えるまでは卵焼きや漬け物を頂くが、これがまたうまい。そうこうしているうちに牛肉の良い匂いが。もうこの誘惑には勝ちようがない。えい、カロリーオーバーしたらその分は歩いてやるという気になる。とにかくこれのためなら1時間歩いても良いと感じる美味。

 

 結局は京菓子に続いて昼食もガッツリと堪能してしまった・・・。しかしもう完全に開き直っている。もうこうなったら矢でも鉄砲でも食ってやるという心境。

 

 祇園の次は美術館に・・・と思ったのだが、目の前に「上賀茂神社行き」と書いたバスが止まったのを見てとっさに思いつく。そう言えば京都の重伝建には上賀茂地区もあった。ええい、ままよとそのバスに乗り込む。

 

 上賀茂地区は京都の北のはずれ。バスは大回りをしながら30分以上かけてようやく終点の上賀茂神社に到着する。

 

 上賀茂神社には観光客も多いが、今日は神社の境内で何やらバザーのようなイベントが開催されている。それはとりあえず置いておいて、一応神社の参拝をしておく。ただ残念ながら本殿は工事中。清水寺の本殿も工事中であったが、どうやら京都は観光シーズンオフのこの時期は各地で絶賛修復工事中の模様。

 上賀茂の重伝建地区はこの神社前の社家町になる。水路の奥に昔ながらの門構えの家が並ぶ趣がある地域。ただ明らかにエリアとしては産寧坂周辺や祇園などよりは狭く、角を一つ曲がると普通の家が建っていたりする。独立して町並みと言うよりは上賀茂神社の付帯物というような印象がある。

 上賀茂地区の見学を終えると市バスを乗り継いで美術館へ。ここは既に数十回レベルで訪れたことがあるところである。


「須田国太郎展 没後50年に顧みる」京都市美術館で2/3まで

 

 須田国太郎の絵画については、個人的には「どうにもどす黒い絵画」という印象しか持っていなかったのであるが、彼自身が模索の中で「色彩が消えていく」と悩んでスランプになっていた時期もあったとのことで、彼が色彩を追究した結果としてそういう境地に至ったことが本展では理解できて非常に面白かった。

 彼の作品の代表的なものの中に山の絵があるのであるが、前景を影の中に沈めてしまって、背後の山を浮き上がらせている独特の手法は、まさに彼の色彩の表現だったようだ。洋画でありながら、水墨画の境地に通じるような奇妙な感覚である。これが彼の作品の本質だったのか。何かを初めて理解できたような気がした。


 この展覧会は本来は島根巡回の時に訪問する予定だったのだが、ちょうど私が病気でダウンしたせいで中止になっていたものである。ようやくこれで宿題終了である。

 

 最後に展覧会を訪問したところで本遠征の予定は終了。そのまま帰途についたのであった。結局は地下鉄乗り放題チケットと市バス乗り放題チケットをフル活用して、名古屋市内と京都市内を走り回った遠征であった。それとダイエットで抑圧された食欲が暴走したのか、味噌煮込みうどんにひつまぶし、さらには抹茶わらび餅にすき鍋定食とかなり食いまくった遠征になってしまった。これは体重計に乗るのが恐い・・・と思っていたのであるが、驚いたことになぜか体重が減っていた。まさかとうとう本格的な糖尿病になってしまったというわけでもないだろうから、ひつまぶしはヘルシーフードだった・・・ということはどう考えてもないだろう。初日に1万4千歩、二日目に1万7千歩歩いているのが効いているんだろうか? 人体とはまだまだ神秘があるようである。

 

 

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