展覧会遠征 伊丹・西宮編

 

 世間は100年に一度の不況で大混乱しているが、私の方も度重なる遠征で体力的にも経済的にもかなり厳しい状況。そこで今週は近場の巡回にすることにした。

 まずは車で伊丹に。現在は景気対策として高速道路の休日昼間割引が導入されているし、ガソリンもかなり安くなったので車での遠征も楽になった。こうして考えると、期間限定ではなく、高速料金を常時半額にすると経済効果は結構大きいのではないだろうか。有害無益な定額給付金なんかよりも、よほどこの方がマシな施策である。


「山下清 放浪の軌跡」伊丹市美術館で2/22まで

 

 裸の大将放浪記で有名な山下清氏の貼り絵、スケッチなどを集めた展覧会である。

 彼は知的障害を持っていたことで知られているが、こういう者が往々にして発揮する特殊能力というものが彼の作品には見られる。彼は放浪の時に印象に残った風景を作品として描いているのだが、それらは決して写生ではなくてすべて放浪の旅から帰還してから記憶に基づいて制作されているという。しかしながらそれにも関わらず、細部までその描写は正確なのだとか。また極めて精緻な貼り絵は、これまたこのタイプの障害者に時折現れる選択的な集中力の現れのようにも思える。

 山下清と言えば貼り絵というイメージしかなかったのだが、本展ではフェルトペンを使用したスケッチが多数展示されている。一般に線の濃淡がつけにくい上に一度書くと修正が効かないフェルトペンをスケッチに用いる画家はほとんどいないのだが、彼はフェルトペンを愛用していたという。彼のスケッチは太い線で堂々と揺るぎない造形がなされており、やはり視覚面に関する特異な能力を有していたと感じずにはいられない。また貼り絵がベースにあるので、非常に明確なスケッチとなっている。

 天才とはバランスが崩れたところで発生するという考えがあるが、彼の確かに天才と呼ぶしかないような創作力を見ていると、やはりそういうものなのかもしれないという気も起こってくるのである。どう逆立ちしても凡人の域からはみ出すことのできない私には想像しにくいものではあるが。


 人気があるのか、美術館内は多くの観客でひしめいていた。実のところを言うと、この美術館にこんなに多くの観客が訪れているのは初めて見た。

 今日は近くの巡回と言うことで遅めに出ているので(というか、疲れていて起きられなかったというのも正直なところなのだが)、ここを出た頃には既に昼食時となっていた。次の目的地に向かう途中で昼食に立ち寄ることにする。

 今回昼食を摂ったのは西宮の「ダイニングキノシタ」。阪急の高架下にある洋食店である。店の前の道路に車を停め(ここは駐禁ではない)て入店。明るいながらも落ち着いた雰囲気の店である。注文したのは休日ランチコース(1680円)。

 まずはポタージュスープから、これは「カボチャとタマネギのまったりポタージュ」と銘打っている。カボチャやタマネギの甘味が非常に自然で柔らかい口当たりが美味。

 次はサラダ。これは何の変哲もない生野菜サラダなのだが、これが野菜の味が良い。またドレッシングが絶妙。往々にして酸っぱいだけや逆に味のないようなドレッシングが多いのに、ここのドレッシングは酸味も甘味もちょうど良く、野菜の味を非常に引き立てている。生野菜サラダをこれだけ美味しいと感じたのは以前の倉吉の「サンジェルマン」以来。

 メインは豚肉の薄切り肉を使ったミルフィーユ風「きのカツ」と牡蠣フライにエビフライを組み合わせた豪華なもの。おろしポン酢でいただくきのカツは意外なほどにさっぱりしていて口当たりがよい。ちょうど豚シャブのようなイメージである。またうまいのが牡蠣フライ。都会で牡蠣フライを食べるというのはなかなかリスキーで、下手に大手トンカツチェーンなんかで食べると後で胸が悪くなるような牡蠣フライが出てくることがあるが、鳥羽から直送しているというここの牡蠣はそんな心配は全く無用。また揚げ加減も十分に火を通しつつ硬くならないという絶妙のタイミングで、牡蠣の甘味をふんだんに引き出している。

 

きのカツは薄切り肉を重ねた「ミルフィーユカツ」

 そして実は意外な伏兵だったのが添えられていた野菜類。揚げ物と言えば生キャベツを盛るというパターンが多いところだが、ここではなぜか根菜類の温野菜仕立てが中心。しかしこのいずれもが甘くて旨い。特にインパクトがあったのがタマネギ。甘いだけでなくて瑞々しく、正直驚いた。シェフは「ただ単にタマネギをオーブンで焼いただけ」と言っていたが・・・。実際はそんな簡単なものには思えなかった。

 非常に堪能した。以前から何度も言っているように、本当に美味しい食事は人をハッピーにするが、この昼食は私を見事にハッピーにした。で、ハッピーついでに何かデザートが欲しくなってきた。ちなみにランチコースは+100円でコーヒー、紅茶などをつけられるようだが、私はどちらもそれほど好きではないので、栗のアイスクリーム(380円)を追加で注文することにした。

 これがまた見事に意表をついてきた。380円という価格から考えて、私は出来合っぽいアイスクリームを器にでも盛って出してくるだけだろうと予想していたのだが、予想に反して本格的なデザートに仕立てたものが登場。これがまた味が絶妙。これだけでそこらの喫茶店よりも良さそうである。以前に訪問した益田市の「ジャルダン」もデザートが非常に美味しかったのだが、一流の洋食屋はやはりデザートも一流か。

 1680円という価格はランチとしては少し高めに感じるかもしれないが、ちょっと贅沢目の休日のランチと考えると、そう無茶な価格とは感じない。また料理の内容を考えると非常にCPは高い。ご飯のお代わり無料も男性にはうれしいところ。なお平日にはもっと安めの平日ランチもあるようである。

 

 すばらしいランチを堪能して満足したところで、次の目的地に移動する。

 


「日本画の精華」大谷記念美術館で2/15まで

 

 一概に日本画と言っても、明治以降の社会の激変の中で日本画も多様な可能性を探索してきた。本展は同館が所蔵する日本画をテーマに沿って展示したものである。

 第一部は大作屏風絵。富岡鉄斎の奔放な屏風絵や橋本関雪の大作を堪能できる。

 第二部は線描がテーマとなっている。日本画は線描をメインにするのが特徴であったのだが、明治以降日本画の変革を目指す横山大観らは、線描を用いない新しい表現に挑戦した。それらは朦朧体などと呼ばれあまり世間的には高い評価を受けなかったが、結果としてはその後の日本画の一つの流れをつくった。その大観の作品と逆に最後まで線描にこだわりつつ風景画の新しいジャンルを築いた川合玉堂の作品を中心に展示してある。

 第三部は額装の作品。日本画もそれまでの屏風や掛け軸から、展覧会を意識した額装の作品が増えるにつれて、岩絵の具を厚塗りした一見油絵のように見える明るくて派手な日本画が登場することになる。そのような比較的現代の日本画につながる流れが展示されている。

 第四部は山水画、人物画、花鳥画といった日本画の古来からのテーマに沿った展示。ただしその中にも新しい流れは現れている。

 明治以降の日本画の大きな流れを学びつつ、同館のコレクションを堪能できるという企画。個人的には橋本関雪や川合玉堂の作品が多数あったのが一番の収穫。


 西宮で日本画を堪能した後は、神戸まで移動して六甲アイランドに渡る。

 


「中西勝展」小磯記念美術館で4/5まで

 

 地元ゆかりの洋画家・中西勝の作品を集めた展覧会。モロッコやメキシコの旅で触発されて描いたとされる「大地の聖母子」などの作品で知られる。

 かなりめまぐるしく画風の変化した画家だという印象を受ける。初期はかなり厚塗りの暗い印象の油絵から始まり、もろにキュビズムの影響を受けた抽象画へと展開し、世界を放浪する旅をした後は、独特の生命感に満ちた具象画を描いている。そして最近は、その頃の黒中心の重苦しい画面から、色彩に満ちたシャガール的な絵画へと展開している。

 有名な「大地の聖母子」のシリーズなどは、何とも表現に困るようなインパクトの強さがある。圧倒的な存在感と、そして何となくユーモアに満ちた表現は妙な魅力を湛えているのは事実である。私は以前から「具象画から抽象画に行って安直な描き方を覚えた画家はそれっきりになりがちだが、そこから再び具象画に戻ってきた画家は凄みを増す」と言っているが、彼もそのバターンにはまるように思われる。


「神戸・北野 White House コレクション展」神戸ゆかりの美術館で2/8まで

 

 神戸ゆかりの芸術家達が、神戸を題材に描いた作品を展示。金山平三の油彩や、川西英の版画など展示作は様々。

 やはり神戸という土地柄か、川西英の版画は当然としても、全体的にきらびやかな作品が多い。そういう点で華やかではあるのだが、個人的にはあまり好みの作品がなかった。


 神戸ゆかりの美術館は、ファッション美術館と同じ建物の洞フロアで隣接している。展示スペース自体は意外と広い。

 ただ六甲アイランドは来るたびにいつも感じるのだが、綺麗だが生活感がまるでなくて死んだような街である。正直あまり好きでない。神戸市当局はどうやらこのような「綺麗な街」を理想と考えているようで、あの震災を機に町から老人などを追い出して郊外の復興住宅に押し込めて、中心部は一律にこのような人工的で無機質な街にしてしまった。元々神戸市民だった私の目から見れば、今の神戸は明らかに死んだ街である。私の記憶にあるあの人々の生気に満ちた町は二度と戻ってこないだろう。私は今の神戸には住みたいとは全く思わない。むしろ私の目には、この街が数十年後に完全にスラム化する姿がいつも見えてしまうのである。

 これで今回の予定は終了だが、神戸まで来たついでに温泉に立ち寄っていくことにする。今回訪問したのは久しぶりに「六甲おとめ塚温泉」。奇跡のような41℃の炭酸泉の源泉かけ流しが、410円という銭湯料金で体験できるという驚異の温泉銭湯である。相変わらず人気が高いらしく、駐車場は満杯状態。諦めるかと思いかけた時にたまたま駐車スペースが空いたので無事に入浴できることになった。

 やや黄緑色した源泉が張られている浴槽に入ると、体中に泡がついてくる。これだけの泡付きは非加熱非加水という条件だからこそ実現できるものだろう(加熱すると炭酸ガスは抜けてしまう)。肌当たりが非常に柔らかくてゆったりできるお湯。しかも露天でボーっと浸かっているとまさに極楽である。これが銭湯料金で体験できるとなると、人気が出るのも当然。今の神戸には住みたいとは思わないが、この温泉だけは通いたくなる。

 温泉でじっくり温まると、今度こそ帰途につくのであった。

 

 

 戻る