展覧会遠征 日生編

 

 寒さが厳しくなってくるこの季節は、美術館にとってもまさに「冬の時代」となる。各館共に極端に出し物が減ってくるし、地域によっては雪によってまさに「物理的に」閉鎖されてしまう美術館も出てくるしということで、明らかにオフシーズンになるのである。実は私が先週遠征を休んだのは、肉体的疲労の問題もさることながら、そもそも出し物がないということも大きい。

 さてそんな中、最近私の頭の中に常に引っかかっている地名が一つあった。それは日生である。日生は今年の夏の津山遠征時の帰路で立ち寄っているのであるが、その時にこの地域の冬の名物の情報を入手していたのである。

 それは「カキオコ」。日生近海の海で養殖された牡蠣をふんだんに具に使用したお好み焼きで、ネットの世界ではファンクラブが存在するぐらいの名物だとか。牡蠣と言えば、私も今年の春の広島遠征以来すっかりとりつかれており非常に気になっていた。それが最近はテレビニュースで牡蠣について伝えられることが多くなってきたため、それを見るたびに頭の中を「日生」という地名が横切って仕方がなかったのである。

 とは言え、私の遠征はあくまで展覧会巡りである。断じてグルメツアーでも温泉ツアーでもない。テレビ東京夜8時から放送されているような軟派なツアーとは話が違う。展覧会のないところに私の遠征はあり得ないのである。

 ここではたと困ってしまった。そもそもこの周辺には今、遠征するような美術館がないのである。比較的近くで大きなところといえば姫路市美術館だが、ここは現在休館中、足を伸ばして岡山県立美術館に行ったところで現在はシーズンオフで何もなし、日生にある美術館と言えば森下美術館だが、夏の訪問時と出し物が変わっているとは思えない。つまりは遠征するべき目的が全く存在しないのである。

 しかし私の綿密かつ詳細なる調査の結果、赤穂の田淵記念館において中村義夫展なるものが開催されているという情報に行き当たった。全く聞いたことのない画家であるが、どうも地元ゆかりの画家らしい。ネットで調査しても、彼に対する情報が皆無で、その画風さえ分からないと言うのが気にかかるが、とにかくこれで遠征のための大義名分・・・じゃなくて、遠征の目的が決定されたのである。 えっ? つべこべ言わずにさっさと食いに行けばいいだろうって? いや、やはり形というものにこだわるのが日本人の美意識であり、私はあくまで日本人なのである

 とにかくこうして私のカキオコツアー・・・じゃなくて、展覧会遠征は決行されたのであった。


「没後50年記念 中村義夫展」赤穂市立田淵記念館で12/16まで

 中村義夫は赤穂出身の洋画家で、東京美術学校で黒田清輝などに師事の後に渡欧、帰国後も日本の画壇で活躍したとのことである。本展ではその中村義夫の作品を、渡欧前、渡欧後、帰国後と時代を追って展示している。なお展示品については目黒区美術館の所蔵品が多かったようである。

 このように一人の作家について辿る展覧会の場合、その作家の変遷や進化などがよく分かるのだが、特にこの人物の場合はそれが顕著である。渡欧前については、明らかに黒田の影響が作品に現れているのだが、まだ技量的に不十分と感じられる点が多々見られ、全体的に荒さと固さが目立つ。それが渡欧後には明からさまに印象派の影響を受けており、色彩などが一変すると共に形態が淡いものに変化する。帰国後は再び彼本来のかっちりとした形態が戻ってき、そこに明快な色彩が組み合わさった絵画となり、それが彼の最終的に行き着いた境地であることが理解できる。

 一人の芸術家の進化の跡がここまで明快に感じられるのは、なかなかに興味深かった。なお私の見たところ、彼は風景画よりも人物画の方が向いているように思われた。人物のとらえ方には興味深いものがあるのだが、なぜか風景画については今ひとつポイントがハッキリしていないのである。


 以上で、今回の遠征の主目的は終了・・・。正直なところあまり期待していなかったところがあったのだが、予想以上に楽しめたので良しか。

 この後はとりあえず赤穂城に立ち寄り、赤穂名物の塩見饅頭と塩見最中をみやげに買い求めてから、日生に移動することにする。

 赤穂城城門 城跡なので城らしいのはここだけ

 

 日生に到着したのは昼過ぎ、カキオコは現在日生の名物として売り出し中なので、数軒のお好み焼き屋があるのだが、車で移動している都合で駐車場のある店を選ぶことにする。今回訪問したのは「ほり」である。

 私が到着した時には17席の狭い店内は既に客で一杯、しばらく表で待つことになる。どうやらカキオコマニアはかなり増えているようである。

 店の前には行列

 

 待つこと十数分、ようやく店内に入ることが出来る。カキオコとネギ焼きを注文すると、焼き上がるのをまたしばらく待つことになる。

 ようやく到着したカキオコは見た目は一見普通の広島風お好み焼き、しかし箸で割ってみるとかなりの量の牡蠣が入っている。一口頬張ってみると思わず「おっ」という声が出る。想像よりはあっさりした口当たりだが、その中に牡蠣の濃厚な風味が潜んでいる。またキャベツが非常に甘いのが印象に残る。この辺りは典型的な広島焼きの特徴だろう。

  

 カキオコ800円也            中には新鮮な牡蠣が一杯

 

 何よりも牡蠣の嫌味がない。都会などで下手な牡蠣フライでも食べれば、牡蠣の嫌味で最悪の場合は後で吐き気を催すことがあるのだが(私が東京で食べた某トンカツチェーンの牡蠣フライがまさにそうだった)、そういう嫌味が一切感じられない。これは牡蠣が新鮮である証拠だろう。私が今年の春に広島で食べてその旨味に魅せられた牡蠣が、まさにこの味であった。

 ソースで食べるカキオコに対し、醤油で食べるネギ焼きはさらにあっさりとしている。今回は牡蠣をトッピングしているのだが、それが絶妙のバランス。ソースものが苦手な向きや、目先を変えたい場合はこちらも選択肢に入るだろう。

 ネギ焼き 牡蠣がトッピングしてある

 

 牡蠣の良さが光るが、そもそものお好み焼きとしての素性の良さも感じた。多分この店は、牡蠣のシーズンオフに他のメニューを食べても失敗することはないだろうと考えられる。

 実際に食べてみて、日生が町を挙げて名物として売り込もうとしている理由は分かった気がした。十分に全国的に通用するメニューであると感じた。特に都会でしか牡蠣を食べたことがなくて、牡蠣に対して良くないイメージを抱いている人は、一度これを食べてみることをお勧めする。牡蠣に対する思いこみが一掃されること請け合いであろう。

 ああ、また広島で牡蠣を食べたくなってきた・・・。

 日生名物カキオコのキャラクター「カキオ」

 

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